大胆な発想で造り出された軽快なスポーツカー

そんなわけで、メラクはボーラと全く同じボディシェルを使っている。ボディ形状の変更はモデリングやプレス治具の製作など時間もコストもかかる。

そこで、既存ボーラのボディをそのまま使い、リアフードを取り去り、代わりにバタフライ・バーを装着し、通常のクーペボディのようなイメージを作った。

インテリアも開発費抑制という観点でシトロエン SMのダッシュボードがそっくりそのまま使われた。

ステアリングホイールも、だ。こんな大胆な発想のクルマは他にあっただろうか?
もちろんエンジンはSM北米仕様をそのまま用い、シトロエン製ギアボックスをマウントした。あまりに慌てて設計したので、テスト走行をしてみると前進1速、後退5速となってしまい、慌ててギアを追加したという笑えるエピソードもあったという。
そもそもマセラティとしていわゆる“廉価モデル”をこれまでラインアップしたことはなかったし、マセラティ史の中で、メラクはとんでもなく異質な存在であり、かつユニークなのだ。さらに、マセラティGTカー命名の法則からもこのメラクは外れている。2座スポーツモデルにはミストラル、ギブリ、ボーラという風の名前を。そしてラグジュアリー系4シーターはセブリング、メキシコ、インディというマセラティが活躍したサーキット名というのがこれまでの命名ルールであった。しかし、このメラクはそのどちらでもなく、おおぐま座の星の名前がその由来だ。実は誰が、なぜ、メラクと命名したのかという経緯も解明されていないのだが、それはマセラティ側からではなく、シトロエンのアイデアであったと言われている。

メラクのラインアップにはハイチューン版のSSが追加されたほか、イタリアの大排気量車に対する高額課税を回避するための2リッターモデル=2000GT、そしてシトロエンLHM系コンポーネンツを一掃したメラク80などいくつかのバリエーションが誕生した。スタイリング上でもリアの軽快なイメージはボーラのそれとは全く異なるユニークなものとして評価は高い。また、ハイパワーではないが、軽快に回るV6(マセラティとして初めてのV6形式のエンジンであり、これがビトゥルボ系にも継承される)エンジンと伴って、重量級かつハイパワーのボーラと対比してリラックスして御すことのできる軽快なスポーツカーという評価もされている。

少量生産モノコックボディとしてまだ初期のものであったことから、ボディの錆という問題に悩まされたメラクだが、今や市場に出回っている個体はしっかりとレストアされたものがほとんどだ。このニッチなマセラティというブランドの中でも、相当にユニークであるメラク。あなたもこのメラクを手元に置いて、手なずけてみてはいかがであろうか?
越湖信一
モデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。前職のレコード会社ディレクター時代から、ジャーナリスト、マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表として自動車業界にかかわる。現在はビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。クラシックカー鑑定のオーソリティーであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『Maserati Complete GuideⅡ』などがある。
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撮影=Marc Sonnery、Maserati 構成/iconic 文/越湖信一 EKKO PROJECT