良心価格&良燃費、時代を読んだ「マセラティ メラク」誕生の秘密とは?

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手頃な価格で燃費も良い、時代を予測したかのような「マセラティ メラク」誕生の秘密とは?

時代を造ったクルマたち vol.03



マセラティを救ったV6のスーパーカー

1972年、まさにオイルショック到来直前にデビューを飾ったマセラティ カムシンを前回取り上げたが、今回は同年にデビューしたもう一台のマセラティに焦点を当ててみよう。その一台とはミッドマウントエンジン・レイアウトを採用したマセラティ ボーラの弟分たるメラクだ。

メラクはデビュー以来11年にわたりカタログに載り、累計で1800台ほどが販売されたマセラティのヒット作だ。日本のスーパーカーブームの全盛期に現行モデルのひとつとして存在したから、日本においてもその存在感は極めて高い。ジウジアーロのユニークなスタイリングはいかにもスーパーカー的であったし、その価格も比較的手ごろであった。V6エンジンを縦置きミッドマウントし、ブレーキ、ヘッドライトのポップアップにシトロエンLHMシステムが用いられたのもユニークだった。

リアシート
リアシートはあくまで荷物置き程度の広さ。

さらに荷物置き場的なサイズではあるが、後部座席が設けられた2+2スタイルであり実用性にも富んでいた。当時、フラッグシップのボーラと比較して250万円ほど安価(現地価格)であったから、マーケットの反応も悪くなかったのだ。

価格も手ごろ、排気量も控えめであり燃費もよい。これはまさにメラクの発表後、まもなく世界を襲ったオイルショックを予測したようなタイムリーなモデルと貴殿は思わないだろうか? メラク以前のラインアップには大排気量の超高級モデルしかなかったのだから、マセラティの経営陣に予知能力があったのか?

マセラティ メラク
1972年のパリサロンに登場、1983年まで生産された。写真の個体は1972年式。

実はこのメラク誕生の真実を、私にこっそりと語ってくれた人物がいる。当時のマセラティの開発の中枢にいるスタッフなど実際、ほんの数人しかいなかったが、その残党の一人と筆者は交流がある。そう、連載前号でも登場願ったクレイト・グランディだ。

「メラクが誕生しなかったらマセラティは大変なことになっていたはずだ。大リストラで激しい労働争議に入っていたかもしれない。シトロエンの拡大政策の元、マセラティは以前のオルシ家時代とは比べ物にならない従業員数となっていた。シトロエン SMに採用されたマセラティ製V6エンジンの大量生産のための生産ライン拡大であったのに、肝心のSMが全く売れなかったんだ。工場には在庫の山で、ワーカーたちは仕事がなくなってしまった」とクレイト。

シトロエン SMのメインターゲットは北米マーケットであったのだが、当時、衝突安全基準をはじめとする北米の輸入車へのレギュレーションは日々厳しくなっていた。たとえばSMのステアリング連動式ヘッドライトが認められないのはもちろん、SAE基準の丸形シールドビームの使用がマストであった。さらに武骨な衝撃吸収バンパーの採用までが義務化へ……。果たして、SMの北米導入は遅れに遅れた。クレイトの言うようにマセラティの工場にはSMのために作られたV6エンジンが山積みとなった。シトロエンからマセラティに派遣されたマネージャーは背に腹は代えられず、大リストラを行うところまで追い込まれていた。

「ただ、ひとつ(リストラを避ける)方法がある。それはこのエンジンの山を“かたづける”ことだ。それも開発投資なしに」というシトロエン・マネージメントのコメントを受けてアイデアマンであるチーフエンジニアのジュリオ・アルフィエーリをはじめとする開発スタッフはこのお題を考え抜いた。そして、そこから生まれたのがメラクだったのだ。

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