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シトロエンの技術を用いた新時代のスーパーカー

マセラティ カムシン
FRを採用、フロントには最高出力320psの4.9リッターV8エンジンが搭載された。

ベルトーネでカムシンのデザインを担当したのはマルチェッロ・ガンディーニ。彼はランボルギーニ ミウラのデザインで一躍脚光を浴び、カムシンのデビュー前年にはカウンタックのコンセプトモデルLP500を発表している。カムシンはガンディーニのテーマであったウェッジ・シェイプを活かした未来的なスタイリングを完成させた。2+2と謳われたものの、後部シートは形式的なもので、実質的には2シーターと考えてよい。

マセラティ カムシンの設計図
ボディサイズは全長4400×全幅1800×全高1140mm。

しかし、1800mmという当時として相当にワイドな車幅を持ち、キャビンは快適性を重視したラグジュアリーな仕上がりを持っていた。リアエンドのボディパネル部分は透明なガラス製となっており、後方視界を充分に確保した。このユニークな処理は、同じくガンディーニの筆によるランボルギーニ エスパーダにおいても見ることができる。

マセラティ カムシンのリアエンド
リアエンドをガラス張りとすることで後方視界を高めている。

そして、エンジニアリング的に特徴的なのはシトロエンのLHMシステムの採用であった。ブレーキ、シートリフター、リトラクタブル・ヘッドライトのポップアップに加えて、パワーステアリング、更にはクラッチにまでその油圧制御が導入された。これは相当画期的なことであった。なぜならモデナ産のスポーツカーは重いクラッチがウイークポイントとされており、女性ドライバーの運転は無理とされていたくらいで、顧客からの不満が集中していたのだ。それがLHMのパワーアシストのおかげでストレスフリーとなった。

キャビンの静粛性にもこだわった他、このようにパワーステアリング、そしてパワークラッチ、そしてトルクコンバーター式オートマチック・トランスミッションも選択できたという、まさに新時代のスーパーカーの誕生であった。

冒頭のグランディは、リアはリジットアクスルのサスペンションであるべきだと、主張し続けた伝説のテストドライバー、グェリーノ・ベルトッキ更迭後、新世代マセラティとしてあるべきハンドリングの熟成を任された人物だ。これからのマセラティは高い運転スキルを持ったドライバーでなくても楽しめるものにしなければ、というのがチーフ・エンジニアであったジュリオ・アルフィエーリのポリシーであったのだ。

ところが世の中、何が起こるか分からない。マセラティのフラッグシップとして、大いに期待されたカムシンの開発が始まった1970年後半になるとマセラティ、フェラーリ、ランボルギーニというモデナ産スポーツカーを取り巻く環境が急激に変化し始めた。そして、カムシンの市販モデルの生産が始まる頃には、誰一人想像もしなかったような自動車産業を震撼させる大事件が起きたのだった。

vol.02へ続く

文=越湖信一 EKKO PROJECT 写真=Maserati 編集=iconic

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