未来の巨匠を探す──
新進気鋭作家のアトリエを訪ねて
美術家やコレクター、ギャラリストから今、熱い眼差しを集めている気鋭の作家たち。彼らの制作に対する想いや、作品に託した「問い」について伺うべく、3名の“未来の巨匠”のアトリエを訪ねた。
大和美緒
Mio Yamato(1990〜)
生きている時間を刻む営みが作品につながる
大和美緒さん
1990年滋賀県生まれ。2015年京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)大学院修了。ドットや曲線の反復プロセスを手仕事で繰り返すことで作品を構成。展覧会情報は、https://www.cohju.com/ja/
「私たち一人一人の存在がこの世界の営みそのものだ、ということを作品を通して伝えたい」
小さなドットの集積、極細のラインの束――気の遠くなるような手作業を繰り返すことで、これまでになかった新しい抽象表現につなげる大和美緒さん。その作品を一目見れば、計り知れない膨大なエネルギーが作品に吹き込まれていることがわかる。
京都のアトリエを訪ね、《ライン》シリーズの緻密な制作過程を見せていただいた。脚立を用い、1620ミリ角のキャンバスの天から地にかけて、ロットリングと呼ばれる製図用のペンを使い、一本ずつ丁寧に線を引き下ろす大和さん。線の間隔は最小0.2ミリ。一瞬たりとも目が離せない緊張感の中、ゆっくりと線を引くことで、“ゆらぎ”が生まれ、それが有機的に変化するイメージにつながっていく。
「私の思い描くイメージを描くのではなく、『作品自体が自分で考えて育ってゆく』方法で制作しています。これは予定調和ではなく、本当にリアリティのある表現を求めているから。私の、ひいては私たちの生きている時間、そして営みそのものが作品になればいいなと思います。今、この瞬間にどれだけリアリティを感じることができるのか?というのが作品に込めた私のメッセージ。日々繰り返している、ささやかな選択や行動のすべてが、私たちの大きな未来を作っている。私たち一人一人の存在が、この世界の営みそのものだ、ということを作品を通して伝えたいのです」。
細かな反復作業で、変化の様子を捉え続ける、アートとしての「動的平衡(どうてきへいこう)」
アーティストとしての原点と大和さんがいう、大学院の卒業制作《レッド・ドット》。3枚のペインティングからなる展示。担当教官へのプレゼンがなかなか通らず、精神的に追い込まれたときに「大きなキャンバスを小さな点で埋め尽くすまでは、誰に何をいわれようと、迷わず最後まで仕上げる」と覚悟を決めた。3か月をかけて仕上げた作品を見て、恩師である教官、名和晃平氏はひと言「すごい、いいね」。
一つ一つ手作業でドットを描く。着想のきっかけは、創作に行き詰まった際、祖父が持つ蘭栽培の温室で見た光景。苔の小さな粒が、育成条件のよい方向へ、時間をかけて一粒ずつ増えていこうとする自然の摂理を見て、生命が持つエネルギーに励まされ、これをテーマにしようと考えた。時間の中で変化し続ける生命への興味、小さな描点での表現は、ミクロとしては変化しているが、マクロとしては変化していないように見える、福岡伸一氏の提唱する「動的平衡」の考え方と、オーバーラップしていると語る。
[MEN’S EX Spring 2024の記事を再構成]