一流のトップは逆境でいかなる言葉と気持ちを大切にし、乗り切ってきたのか。本連載にご登場頂いた方々のなかで、加藤綾子さんの心に特に残っている7名のリーダーたちに今の心得を聞いた。
【加藤綾子の心に響いた 稀代のリーダーたちが贈る 今を乗り切るヒント】
第5回 日本トップリーグ連携機構 会長 川淵三郎さんのコトバ
「斃れてのち已む」
「斃(たお)れてのち已(や)む」は五経の一つ『礼記』にある言葉で、死んで初めて終わる――つまり、何事にも屈せず、死ぬまで力を尽くすという意味です。
悲願のFIFAワールドカップ初出場を懸けて臨んだ1997年のアジア最終予選、日本は3戦目の韓国戦で衝撃の逆転負けを喫し、カザフスタンとのアウェイ戦も引き分けて厳しい状況に追い込まれていました。悪い流れを断ち切ろうと、我々首脳陣はアウェイの地で異例の監督交代を断行。しかし、続くウズベキスタン戦(タシュケント)も引き分けに終わり、国立競技場で行われたUAE戦も勝利を挙げられず、試合後に一部の観客が暴徒化する騒ぎも起きました。
この頃、Jリーグもクラブの経営危機や出資企業の撤退話など、逆境の日本サッカーに追い打ちをかけるような問題が噴出していました。Jリーグのチェアマン時代で最も辛かった時期で、タシュケントのホテルで「こんなとき人は飛び降りる心境になるのか」とさえ思ったほど、孤立無援の状態だったのです。
そんな僕を支えたのが 「斃れてのち已む」でした。その後も幾度となく困難に直面しましたが、いつもこの言葉を思い出し、時に自分自身を鼓舞し、時に戒め、乗り越えてきました。
カトMEMO
- 幾度と無く逆境を経験されてきた方。経験値が多いからこそ、動じない印象。
- 失敗を失敗に終わらせない、びくともしない心構えをもちたい。
川淵三郎 Saburo Kawabuchi
1936年生まれ。大阪府出身。早稲田大学、古河電工サッカー部でプレー。’70年に現役引退。サッカー日本代表監督などを経て、Jリーグ初代チェアマンに就任。現在は日本トップリーグ連携機構会長、日本サッカー協会相談役、日本バスケットボール協会エグゼクティブアドバイザーなど、多数の肩書を持つ。
加藤綾子 Ayako Kato
1985年埼玉生まれ。2008年フジテレビ入社、看板アナウンサーとして活躍。’16年、フリーアナウンサーとなり女優としても活動。現在は報道番組『Live News it!』(CX)のメインキャスターを務めるほか、『ホンマでっか!? TV』(CX)にレギュラー出演中。
著書に『会話は、とぎれていい―愛される48のヒント』(文響社刊)。
働き方から生き方、価値観まで、この数ヶ月で大きく変わりました。苦しいこと、つらいこともありました。しかし、これまで凝り固まっていた固定観念や慣習がプラスに変わるきっかけにもなったと思います。毎号の「一流思考のヒント」連載では様々なトップの生き方、仕事を通して得てきた思考をご紹介してきました。多くのトップは大変な時期こそチャンスと捉えてきましたが、今回の特別編では今の逆境に対する考え方を、皆さまに寄稿いただきました。これから私たちは変われるのか、試されている時期だと思います。困難を乗り越えた先には、必ず、世界は良くなると信じて。
[MEN’S EX 2020年8月号の記事を再構成]
撮影/前 康輔、鈴木泰之 スタイリング/後藤仁子〈加藤さん〉