【中井貴一の好貴心】vol.3《学校とテニスが教えてくれたこと》

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中井貴一さん

先輩、後輩、そしてテニスに鍛えられた強い精神力

吉祥寺という環境が教育してくれた面もあった。

今、住みたい街No.1になっている吉祥寺は、武蔵野の豊かな自然が残っていて、街と理想的に融合している。それだけでなく、横丁や抜け道に飲み屋街もあり、大人と子供の世界の区別を自然と教えてくれた。

最近、大人と子供の世界の区別が曖昧になっているどころか、テレビの世界でも子供に迎合しているものが多い。昔はテレビにも子供が入れない大人の世界がキッチリあった。大人と子供の世界の境があってこそ、子供は大人に憧れる事が出来るのだ。

中学時代は、テニス学校に通っているんじゃないかというくらい、テニスに打ち込んだ。

当時はテニスブームのはしり。都内には沢山のテニススクール、コートがいたるところにできつつあった。しかし、我が校のテニス部は絵に描いたような体育会。テニスというと紳士淑女のスポーツというイメージがあるが、その真逆であった。バンカラという言葉は、今や死語となってしまったが、テニス部でありながらまさにその、バンカラそのもの。入学から1年間はラケットを握らせてもらえず、毎日ボール拾いとコート整備。20人近かった新入部員は、1年でわずか7人に減った。そんな毎日でも、日に日にテニスに対する愛情は増すばかり。試験勉強しなければならなくても、宿題をやらなくてはならなくても、抜け出して、壁打ちへ……。勉学の成績が、テニスの上達と反比例していったことは言うまでもない。文武両道を唱える我が校の精神にも反比例していたな?と、今になって深く反省している。

テニスの練習時間は、実に長かった。合宿になれば、朝6時に起床、朝練をし、8時朝食。下級生はコート整備があるため、食事を30分で済ませコートへ(コートがハードコートになった現在、コート整備という言葉も死語かもしれないが)。9時から12時まで練習をし、同じく昼食のあとはトレーニングを含め、18時半まで練習。真夏になれば、日も長く、暑さに慣れるためと、校内の合宿所に寝泊まり。つらい毎日であった。

最近、ニュースで熱中症の事をよく目にするが、あの頃の無謀な練習時間、しかも、”練習中に水分をとってはいけない”という非科学的な練習内容だったにもかかわらず、倒れる部員がいなかったのは何故なのか?——今となれば、不思議である。でも、この非科学的さが、精神面を鍛えてくれた事も、また事実である。現在でもテニスは紳士淑女のスポーツではなく、ネットを挟んだ一対一の格闘技だと私は思っている。

我が校は早くから一貫教育を取り入れていたが、部活もまたしかりだった。中学から高校への進学と同時に、当たり前のようにテニス部へ。この頃になると、世の中は完全にテニスブーム。猫も杓子もテニスラケットを小脇に抱え、町を闊歩する若者が続出した。バンカラ体育会高校生は、汗臭い制服を身に纏い、冷めた目でそれを眺める毎日だった。

テニスラケット
テニス漬けだった中学、高校、大学時代に愛用していたラケットの数々は、未だ大事にとってある。試合での勝ったこと負けたこと、先輩に怒られ後輩を育てたこと……強い精神の源である。
中井貴一さん

「サッカー場を50周……当時は分からなかった疲れや悔しさの意味が、役者になった今、やっと分かりました」

高校のテニス部は中学以上に練習時間も長く、厳しかった。この頃、私が今でも思い出し、自問する出来事が……。外部からコーチを招いたり、外部のクラブでコーチングして貰ったりするシステムなどない私たちの学校では、OBの方たちが仕事の合間をみて、練習に参加してくれていた。ある日、彼らと試合をし、運よく勝利をおさめた。OBと試合した後には必ずアドバイスを頂くのだが、大概は敗戦し、キツイお言葉を頂く。しかしこの日は、勝利。意気揚々とOBの前へ向かった。こっちときたら、どんなもんだい!という感じだったのだろう。すると、予期せぬ言葉が返ってきた。

「中井、お前足が動いてないのと、試合運びが甘いから、サッカー場50周走ってこい」。私は、耳を疑った。勝利した自分が何故? しかも、50周って……だが、OBの言葉は、絶対。嫌々、サッカー場へ出た私は、その日の練習時間のほとんどを使い切り、走り終えた。すると、そのOBが走り終わるのを待っていてくれ、私に近寄り、こう言った。

「今、お前どんな気持ちで50周走った? 見ていたけど、俺に走らされたと思って嫌々走っていたよな。でも、よく考えろ。お前を走らせても、俺には何にも得はない。でも、走っているお前は、体力がつき、足が速くなる。それは、全てお前の為でしかないんだ。練習するときもトレーニングするときも、自分の為にやっていると思うのと、やらされていると思うのとでは、身になり方が違う。今の50周と、お前の時間は無駄だったということだ。今日試合をして、俺は負けたけど、技術以上に、お前の精神性が気になったから走らせた。今のお前に、どのくらい分かるかわからんが、いずれハッキリわかる時がくる。その気持ちを持って、練習しろ。必ずお前は強くなる。頑張れよ」……と。しかし正直この時は、走った疲れと、走らされた悔しさで、言葉の真の意味がつかめなかった。

この言葉の真の意味に気付くのは、大学に入り、俳優という仕事を始めた直後であったと思う。もちろん、スポーツで最も大切なことは、”勝つか負けるか”。このことが、社会に出てから競争社会での手引きになることは当然だが、多少の理不尽さも含め、テニスは私に強い精神性を植え付けてくれた事は間違いない。

“自分の人生には、自分で責任を持て”。——高校生の私には、ちょこっと早かったが、人生に対する貪欲さと、ポジティブに生きるとはどういうことか、この時に教えられた気がする。良き先輩、同輩との出会い。いつの時代も、人との出会いが、全てを導き、救ってくれていると思う、今日この頃である。

[MEN’S EX 2013年6月号の記事を再構成]
題字・文/中井貴一 撮影/熊澤 透〈中井さん〉 若林武志〈静物〉 ヘアメイク/藤井俊ニ 構成/松阿彌 靖

2024

VOL.341

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