ビームス 設楽社長に聞いた! 「ヒット商品」の作り方と引き際とは─?【加藤綾子/一流思考のヒント】

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第4回「ビームス」代表取締役社長 設楽 洋さん[前編]

加藤綾子さん、設楽洋さん

※最後に加藤綾子さんのスペシャルフォトギャラリー付き!

Profile
加藤綾子 Ayako Kato
1985年生まれ。2008年フジテレビ入社、看板アナウンサーとして活躍。2016年よりフリーアナウンサーとなり、活躍の場を広げている。著書に『あさえがお』(小学館)。

設楽 洋 Yo Shitara
1951年生まれ。株式会社ビームス代表取締役社長。慶應義塾大学経済学部卒業。1976年、電通勤務の傍らビームス設立に参加。1983年に電通を退社し、1988年より現職。

「会議室で名刺交換から始まるビジネスもあります。でも、何かのときに助けてくれるのは、一緒に遊んだことがある人だと思います」(設楽さん)

引き際の見極めは数字より店での定点観測

加藤ビームスのお店はよく覗きに行きますが、設楽さんのお父様が創業者だと伺いました。

設楽親父はもともとダンボールの製造業をやっていたんですが、僕が大学を卒業して電通に就職する直前の1974年にオイルショックがあって、原材料の値段が跳ね上がってしまったんです。そこで新しいビジネスを始めなきゃいけなくなって、ファッションをやりたいと相談されました。「今までは物を包んでいたから、これからは人を包むんだ」と言ってましたが、付加価値を付けるのが難しい輸送箱だけでなく、時代の付加価値のつくビジネスをやりたかったんだと思います。

加藤人を包むって、いいですね。

設楽ただ、そういうわけで電通を辞めるまでの7年間、ビームスもダブルでやっていました(笑)。

加藤そんなことが可能なんですか(笑)?

設楽局長や役員に呼ばれて「副業をやってるんだって?」と問われましたけど、「儲けるわけじゃなくて、むしろ自分の給料を注ぎ込んでいるので、趣味です」と答えていました。でも、最初の7年間は、本当にビームスで稼げると思ってなかった。電通の初任給が6万8千円の時代に、5万円の靴とかを売っていたので(笑)。

2024

VOL.341

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