「網走からパイラン、京都からクルミ、不思議な縁で迎え入れた愛犬たち」
その数年後、映画のロケのため、網走に出掛けた。雪、流氷を求めての撮影であったのだが、この年は、降雪量も流氷も少なく、拠点は網走に置いたまま、雪を求め、北見方面へロケ現場を移すことになった。毎朝2時間ほど掛けホテルから現場へ。早朝からの出発であるため、寝ぼけ眼で車に乗り込む。その道すがら、芝居のことを考えながらボーッと外を見ていると、ある看板が目に入る。それは、犬のブリーダーさんの物だった。数年、犬との触れ合いから離れていたこともあり、その前を通るたびに気になっていた。4日ほどロケが続き、最終日の帰宿途中、アポ無し訪問させていただいた。突然の訪問だったので、かなり驚いておられた様子であったが、事情をお話しし、犬舎を見せていただいた。
当時は、バブル崩壊が、世の中にじわーーーーっと浸透して、不景気に向かって一直線の様相を呈していたころであった。バブル期に大人気であった大型犬を飼える余裕がなくなってきた頃でもあり、犬舎には多くの中大型犬が。久しぶりに接する犬たちにしばしの癒しを貰っていると、ブリーダーのご主人が、「中井さん、これも何かのご縁だから1匹飼ってやってください。どの子にします?」と。「いやいや、確かに今我が家は、犬不在の時期なのですが、ここ網走ですよね? 飼ってやってといわれても……どうやって連れて帰れば……」と私が言っている間に、ご主人は、小さな持ち運び用のゲージを用意していた。「心配ないです。丁度この子たちは、生後3ヶ月は過ぎていますし、飛行機に預けてくだされば。」「手荷物的な?」「はい、航空会社がちゃんとしてくれます。可愛がってやってください。」と。かなりの逡巡はあったが、「では、お言葉に甘えて……」と、生後4ヶ月ほどの気弱そうな白のラブラドールの雌をお預かりした。かくして、網走生まれのこの子は、その時の映画の相手役の役名から、「白蘭・パイラン」となり、19年の歳月を共にすることとなる。
パイランの訓練は、調教の専門家に任せることなく、見よう見まねで、全て自分でやった。幸いなことに、とても理解の早い子であったため、犬が引っ張ることなく、常に自分の左側につかせることも、待て、お座り、伏せの訓練もスムーズに理解してくれた。待ての訓練にいたっては、仕事から帰った後に公園に出向き、5メートル、10メートルと距離を取り「おいで」の練習を毎夜行った。そんな訓練、しつけをする中で、私が心がけていたことが一つ。それが正しいのかは定かではないが、パイランがうまくできた時でも、餌をあげることはしなかった。体重管理が大事だと思っていたから。その代わり、できた時にはオモチャなどを使い遊び、「グッド!」と言って撫でて褒め、ハグをし、人間と一緒に過ごすことは楽しいと覚え込ませた。
しかし、ラブという犬種は、見た目の愛くるしさからは想像もできないほどのヤンチャ振り。今回の好貴心では、書き尽くせないので、その悪行については、また次回(笑)。
パイランとの生活も数年たち、様々なことを覚え慣れてきた頃、私は京都での撮影に入った。ある日、撮影所に行くと、「今、お隣の撮影所に、盲導犬の映画の撮影で崔 洋一監督がいらしてますよ。」との、伝言が。崔監督とは、「マークスの山」という映画でご一緒したこともあり、ご挨拶に伺うことに。現場には、出演犬達が。京都での撮影のため、暫くパイランとも会えていなかったので、崔監督への挨拶より先に……まずは、犬たちにご挨拶。丁度この時は、子犬の撮影中。パイランを預かった頃と同じぐらいの子犬達。ラブは多産系なので、子どもを産ませるときは、予め貰い手を決めてから……といわれている。その子たちが入ったゲージを見つめながら、飼育担当のスタッフに「もう貰い手は、決まっているの?」と聞くと、「いえ、撮影が終わってからの予定です。」との答えが。いい飼い主に出会えるといいねーと言いながら、監督にご挨拶。すると監督が「貴一のところって、犬いるの?」「はい、ラブが」「そうなんだ。じゃ、1匹頼むわ」「はっ?」この、訳の分からない会話の後、私は、子犬達のゲージから、預かる子を決めることとなった。確かに、崔監督からの提案もあったが、内心1匹も、2匹も変わらないという気持ちもあったし、パイランとの激闘生活で、何が起きようがへっちゃらだという自信がついていたのだと思う。この子の出番終了を待ち、今度は飛行機ではなく、新幹線で上京、私にとっては帰京の途に就いた。この子は、クルミと名付けた。崔監督の計らいで、映画のエンドロールには、「くるみ」の名前でタイトルがあがる。こう見ると、我が家にやってくる犬たちの殆どが、映画に起因している。
兄弟ではない同犬種の飼育は難しいといわれたが、案ずるより……で、クルミを見た途端、パイランの母性が芽生えたのか、クルミがどんなにヤンチャなちょっかいを出そうが動じず、夜になると、クルミを抱きかかえるようにして休んでくれた。
クルミの調教も私の自己流でと思ったのだが、クルミは、パイランほど覚えが良くなかったこともあり(後に私がいけなかったと思い知らされるのだが)、調教師の先生の助言をもらいながらの訓練となった。
すると先生は、犬には教えないのだ。
「中井さんの動きが悪い」「この動きだと、犬があなたを無視してます」「犬と歩調が合っていませんよ、もっと合わせて!」 教えられるのは、飼い主の私のほうなのだ。でも、それこそが犬を飼うということなのだ。
犬は家族だ、人間と同じだという飼い主さんも多い。私は、それとはちょっと違う考え方を持っている。あくまでも我々は人間、あなたは犬。それでもひとつの家族になるために、どうしていくべきかを明確にすることが大事だと思っている。例えばどんな場合でも人間が犬の先頭に立って歩き、指示に従ってもらいながら、それが犬のストレスにならないような距離の取り方や付き合い方が大事なのでないだろうか。
「犬にとっての最大の芸とは?それは何よりも、長生きすること」
犬にとって最大の“芸”は、「お座り」や「お手」や「待て」をすることではなく、長生きすることだと思う。長生きさせるようにベストな環境を整え、犬をリードしながら育てることが飼い主にとっての責任なのだ。むやみやたらと過保護にして、洋服を着せて「カワイイ」と喜んでみたり、真夏の日中に愛犬を散歩させたりすることは、私には無責任としか映らない。
犬を飼うには、犬が寂しい思いをすることがないようにベストな条件を整えてから、と思っている。長期間ロケで家を空けるからといって、ペットホテルなどに預けることはしたくない。我が家にステイしてくれるスタッフがいて、私がいない間も犬の周囲の環境やリズムを変えることないよう、インフラを整えてからでないと責任が負えないと考えている。それが人間の犬に対する「芸」なのではないだろうか。
(後編に続く)
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[MEN’S EX Winter 2024の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)