編集長・大野のスイス現地取材
パテック フィリップの時と美をめぐる旅へ
世界最高峰の時計と称され、世界中の時計愛好家にとって究極の憧れであるパテック フィリップ。その真髄とは? を探るべく、美しい時計が生まれ、育まれてきたブランドのDNAをめぐる旅へ。本社兼工房、ジュネーブ本店、ミュージアムなどを各年代背景も踏まえレポートいたします。
世界のファンの憧れの聖地であり “迎賓館”
時計の街、ジュネーブの中でも象徴的な歴史建造物として存在感を放っている「パテック フィリップ・ジュネーブ本店サロン」。
ジュネーブ本店 SALON
1853 -開業-
1階奥には「ナポレオン・ルーム」。一人一人の顧客へ向けて丁寧で誠実な接客が行われる。時計作りの文化が花開いたナポレオン三世様式が特徴。
世界中の時計ファンにとっての聖地である。年間約5万人が訪問。ここでしか手に入らない時計がある。そしてここでしか見られない歴史の重みある景観がある。
1839年のブランド創業後、間もない頃は、ローヌ川の右岸で製造を行っていたが、1853年、成長と共により大きな敷地が必要となり、店舗兼工房として、現在のローヌ通り41へ移転。ジュネーブ市内では電気の供給がまだ珍しい時代に工房へ電気を引いて時計製作を行っていた。
現在の店舗・サロンは1階、2階に商品を展示、3、4階が主に接客対応スペースとなっている。5階はVIP 向けのサロンがあり、5階からレマン湖が一望できる景色を取材時に拝見した。自然光が燦燦と降り注ぐ窓に、かつて、ここに時計工房があった場所と時空を超え、想像力を掻き立てられた。
―HISTORY―
of PATEK PHILIPPE
1839
時計工房「パテック,チャペック社」を設立
2人のポーランド移民、起業家アントワーヌ・ノルベール・ド・パテック氏(下左)と時計師フランソワ・チャペック氏がジュネーブに「パテック,チャペック社」設立。
1844
パリで、天才時計製作者と出会いブランドが確立
パテック氏がパリで、フランス人時計製作者ジャン・アドリアン・フィリップ氏(上右)と出会う。フィリップ氏が鍵なしのリューズによる時刻合わせ・巻上げ機構を初めて製作。
1887
ブランドの象徴となる「カラトラバ十字」を登録
12世紀にスペインで設立された「カラトラバ騎士団」の紋章に由来。勇気・礼節・独立の意に加え、完璧な均衡が生む美しさを表現。
1932
現在にも続く「スターン家」が経営を継承
ジュネーブの高級文字盤工房のオーナーだったシャルルとジャン・スターン兄弟がパテック フィリップ社を譲り受け、スターン家が事業を拡大していく。

1993
フィリップ・スターン氏が社長に就任
スターン家の第二世代であったアンリ・スターン氏が名誉会長に。第三世代のフィリップ・スターン氏が社長就任。世代から世代へブランドのDNAが継承されていく。

2009
ティエリー・スターン氏が社長に就任
この年に、パテック・フィリップ・シールを創設し、品質へのこだわりが更に強固なものになった。2024年の「CUBITUS」はティエリー・スターン氏の肝入りのプロジェクトだ。

現在に至る機械式時計の歴史を学ぶ
PATEK PHILIPPE MUSEUM
2001 -開設-
世界の時計から、ブランドの名作まで
ジュネーブ・プランパレ地区にあるこのミュージアムは、元は、パテック フィリップの生産拠点の一つだった場所。2001年、改装され、生まれたミュージアムは現在はジュネーブの名所だ。


パテック フィリップのブランド187年の歴史、そして、スイス及びヨーロッパの500年に及ぶ時計製作を体系的に学ぶことができる、このミュージアムは、スターン家の第三世代、フィリップ・スターン氏が集めていたコレクションに端を発する。
16世紀から始まる時計製作史上重要なタイムピース、そしてジュネーブにて伝統的に発展していった七宝芸術のタイムピースなどを多く展示。七宝は、写真技術が生まれる以前には、王侯貴族たちのⅠDとして発展していった。エナメル七宝が、メゾンの“個性”となっているのは、このミュージアムに並ぶ、多くの歴史的ハンドクラフト技術へのリスペクトがあるからだと感じた。
16世紀から連綿と続くスイスの時計文化を熟知しているからこその「温故知新」の哲学もまた、最高峰時計ブランドと称されるエレメントの一つと言えるのだ。
―OLD―
Collection
1650
17世紀の複雑機械式時計
1762
世界最古の永久カレンダー
―PATEK PHILIPPE―
Collection
1898
パテック フィリップ初の永久カレンダー搭載の時計
1989
パテック フィリップ創業150周年記念のタイムピース
[MEN’S EX Spring 2026の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)





