リングヂャケットのディレクター奥野剛史が
イタリアのモノ作りを自らの言葉で語る
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[Coat(コート)]編
「“価値ある失敗”を幾度も繰り返し、3年掛かってやっと完成にこぎつけた」
ナポリのサルトに行けばどんなスタイルのコートでも注文できると思っている人が案外多いが、現実はそう甘くはない。「ここのデザインをああして、こうして……」と言っていると、「それは俺のスタイルじゃあない。エレガントじゃあないな」と、一蹴されることがほとんどだ。
サルトにはハウススタイルと呼ばれる各々の美意識があって、体型にこそアジャストしてはくれるが、デザインにおいては譲らない頑固親父が多い。まあ、そんな何でもすぐにOKしてくれない所も含めて面白い。そうは言っても、これまでに見たことがないハンドメイドコートを作りたいという思いをずっと持っていた。いや、むしろ断られれば断られるほど、燃えてくる性分。幾つかのサルトリアを巡って、ようやく出会ったのが今回の工房だった。
恐る恐る「この仕様のコートを作ってみたいんだけど……」と訊ねてみると、「う~~ん、なんだか大変そうだけど、一度やってみようか」、との返答。頑固親父もいれば、柔軟な親父もいるのがナポリの面白いところだ。素晴らしい出会いに感謝しながら、試作依頼に取り掛かった。
今回製作したのは、ナポリのハンドメイド技術を駆使して作るリバーシブルコート。モノ作りをよく知る同業者ほど「なんてバカな物を作るんだ!」と驚くはず。いや、実際数人の業界人に言われた。リバーシブルコートは英国のアウターブランドが得意としており、幾つか有名なブランドを思い浮かべる諸兄もいるかと思う。基本的にマシンメイドの量産工場で作るのが一般的であり、業界内でも「色々な意味で難しいコート」として知られている。
確かに格好は良いのだが、表裏両方に表地が必要なので通常のコートの2倍生地代が必要になってくるうえ、何処でも縫製ができる訳ではなく、工賃がそれなりに掛かってくるからだ。マシンメイドであっても色々クリアしなければいけない条件が多く、二の足を踏む企画者があまたいるなかで、敢えてナポリのハンドメイドで作る試みは、狂気に満ちた行為以外の何物でもないという同業者も多かった。
仕様も含めて色々難しいコートだっただけに、実は、完成まで足掛け3年もの月日を要した。とんでもない位置にポケットがついてきたり、裾が変な方向に跳ねてしまっていたり……、と問題山積みで商品化できないのでは? と悶々とした日々を過ごしたが、最終サンプルを試着したとき自然と笑みがこぼれた。抜群だ。
流行の服はSNS含め、世の中で沢山見掛けるが、心から感動する服はそう多くはない。「fatto a mano!」(ハンドメイドだぜ!)と言い放ち、ニヤリと笑う。そんな光景を見るために、またナポリに行きたいと思う。
イタリア屈指の2大ブランドの生地を使った贅沢なリバーシブルコート。肩回りはナポリならではのマニカカミーチャとなっており、随所に施されたハンドステッチの雰囲気も唯一無二の表情に。
Profile
奥野剛史
リングヂャケット ディレクター
「職人技・他にない・唯一」と聞くと居ても立っても居られない偏愛型洋服屋。ナポリの職人技が大好物。
[MEN’S EX Spring 2023の記事を再構成]
※表示価格は税込み。