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3人の「つくり手」がいま考える、それぞれの「伝統と革新」とは?

左から、ザネッティ氏(カ・デル・ボスコ)、徳岡氏(京都兆)、ファンティン氏(イル・リストランテ ルカ・ファンティン) 左から、マウリツィオ氏(カ・デル・ボスコ)、徳岡氏(京都吉兆)、ファンティン氏(イル・リストランテ ルカ・ファンティン) 
左から、マウリツィオ・ザネッティ氏(カ・デル・ボスコ)、徳岡邦夫氏(京都吉兆)、ルカ・ファンティン氏(イル・リストランテ ルカ・ファンティン) 撮影=仲山今日子

――人類の歴史は、選択の歴史でもあります。その時代に不要なものはいつの間にかなくなり、新しいものが生まれてゆく。何を選び、何を残すのか。イタリア料理、日本料理、ワインづくりという様々なジャンルで活躍された皆さんが集った今回のコラボレーションは、そんな意味で個人的にもとても興味深いものでした。それぞれの分野での「伝統」「残すべきもの」を、どう考えているのかを教えていただけますか?

ルカ 2009年に来日したので、もう12年以上日本に住んでいることになります。特に最初の頃は、料理には自分のアイデンティティがないとダメだと思いました。イタリアで働いた時には、ファッショナブルで華やかで、つくり手の創造力が大切だと思っていて、伝統よりも創造性が大切だと思っていました。また、インタビューなどでも「どんなタイプのイタリア料理をつくりたいか」ということを聞かれました。当時は、「イタリア人がつくればイタリア料理になる」と思っていたのですが、そんな質問を受けるに従って、自分の料理のアイデンティティをどうすれば良いかについて、考えるようになりました。勉強熱心な日本人シェフがつくるイタリア料理は素晴らしいけれども、それと同じアプローチをとることで、自分のスタイルが見えてくるわけではない。自分が持っているものは何か、と考えた時に、それはイタリア人として育ってきた味覚であり、価値観であると思ったのです。

甘鯛の鱗焼き
この日、ルカ氏が提供した甘鯛の松笠焼きは、甘鯛の骨とミルポワなどから取った香り高いスープと共に提供された。

ですから、日本の食材を使って、イタリアの味覚を表現したいと考えました。その際に、イタリアにない食材は使わないことにしました。例えば、日本酒やゆず。日本料理のお店で食べるのは大好きですが、自分の料理に入れてしまうと、味が迷子になってしまうと思ったのです。

――だからこそ、ロメインレタスを干して旨味を増幅させ、魚を昆布〆の代わりに「レタス〆」にするなど、日本の技法から着想を得ながらも、イタリアにある食材にこだわっているのですね。

オッソブーコのラビオリv
イタリアの郷土の味、仔牛の骨付き肉の煮込みを、一口で楽しめる軽やかな皿に仕上げた「オッソブーコのラビオリ」

マウリツィオ イタリア人として言わせてもらうならば、伝統を革新的に表現するという意味で、きょう出た「オッソブーコのラビオリ」は秀逸でしたね。オッソブーコはイタリア人なら誰でも知っている伝統料理。本来はボリュームたっぷりのメインディッシュの皿ですが、それをラビオリにするという発想はこれまでになかった。伝統の味を守りながら、軽やかにしたり、新しく洗練された形でいまの時代に合わせる。シェフはどうしても、人気メニューを新しいものに変えがちですが、新しいものにばかり目がいってしまって、例えばパスタポモドーロやボロネーゼといった伝統の味を提供する店がなくなってしまうのは問題です。その点、ルカのこのアプローチはとても共感できます。本当は3個ではなくて、10個くらい食べたかったですけど、コースの中の一皿ですからしかたないですね(笑)。

――マウリツィオさんは、これまでのワインづくりのあり方を根本から見直し、ある種タブー視されていた「ぶどうを洗って醸す」という新しいつくり方を取り入れたことでも知られています。ワインづくりにおける伝統を、どのように捉えていらっしゃいますか?

カ・デル・ポスコ
人の身体にも、地球にもやさしいワインづくりのために革新的なアプローチを行うカ・デル・ボスコ

マウリツィオ 私がやっていることは、イタリアワインの「ルネサンス」だと思っているのです。それには、イタリアの「失われた80年」ともいうべき時代が関係しています。1890年代〜1970年頃は、イタリアワインにとっては暗黒の時代でした。この時期のイタリアは、王政時代の名残で、貧富の差が大きく、庶民にとって、ワインは飲み物ではなく、食べ物の一部だった。「Pane e Vino」、つまりパンとワインというのは、つつましやかな食事の象徴です。魚や肉はおろか、野菜すら買えなかった庶民が、あすを生きるエネルギーを得るために、パンと共に食するのがワインだったのです。だから、この時代の伝統の「革新」はより安く、誰もが手が届くものを大量生産する方向に進んでしまった。生きるために仕方がなかったこととはいえ、食の文化や伝統品種が失われてしまったのです。わたしが創業したのは、1972年、イタリアが経済的に立ち直った時期と重なります。この時代に失われかけたものを取り戻そうと、日々ワインづくりに勤しんでいます。

イベントの様子
今回のイベントでは、カ・デル・ボスコ社のフランチャコルタ4種類、白と赤のスティルワインの計6種類が提供された。

――伝統への回帰の中で、ぶどうを醸す前に「洗う」という革新的な工程を入れたのは、どんな理由なのでしょうか?

マウリツィオ 私が大切にしているのは、独自品種を含め、そのぶどうの個性が生きたワインをつくること。そして、何よりも、土地を良い状態に保つことです。オーガニックでぶどうを栽培していますが、これは、おいしいワインをつくるためだけでなく、大切な大地を薬品で汚したくないからです。土壌には、使った農薬などの薬品が蓄積する。身体に良くないものを、未来に残すわけにいきません。土地とテロワールを守ることを最優先にしています。

ただ、オーガニックでぶどうをつくる際も、どうしても認証された殺菌剤などを使わなくてはならないこともあります。また、その中に含まれる銅が、酵母の動きを妨げることがわかりました。なので、飲む人に、余計なものを身体に入れて欲しくないということ、良い発酵でワインをつくるため、という2点から、ぶどうを洗っています。2008年からスタートして、2013年からは全てのワインにこの工程を入れています。

――独自に、温度管理をしながらぶどうを洗う機械を開発し「ベリースパ」と名付けているとか。名前を聞いて、ぶどうがスパに入っている映像が思わず浮かびました。ぶどうを大切に扱っている思いが伝わる、ユーモラスなネーミングですね。

さて、歴史をいかに革新していくか、という意味で、今回の徳岡さんの料理の器は、京都吉兆で受け継がれてきた江戸時代初期に作られた古染付皿を、イタリアの名窯、ジノリにレプリカでつくってもらったものだそうですね。砂のついた高台、いわゆる「砂高台」まで再現されていて、驚きました。

京都吉兆とジノリのダブルネームで作られた器
京都吉兆とジノリのダブルネームで作られた器。砂高台など、細部までこだわりが。料理は「松葉蟹酢物」。

徳岡 この器は、まさに技術復興! ルネサンスです。料理において、器はとても重要です。日本料理は、日本庭園があり、室礼や器があるから、器の中のものが日本料理と感じられる、と思うのです。昔、ウィスキーメーカーとのコラボレーションで、ウィスキーを水と1:2で割って、バカラの徳利と猪口で出したことがありました。ウィスキーのスモーキーな香りと鰹節の薫香は相性が良く、良いペアリングだったと思うのですが、召し上がった方は誰もウィスキーと気づかずに「おいしい日本酒ですね」とおっしゃっていた。

料理自体も、新しい食材や技法を取り入れることもあります。例えば、本日提供した鮑玉子豆腐には、鰹昆布出汁ではなく、鶏の出汁が使われていますが、そのつくり方は、鯛の潮汁のつくり方と全く同じ。根本には日本の伝統技法があるのです。また、日本の美意識は「非対称の美」とよく言われますが、それだけではないんです。わたしはよく、アニメのジブリとディズニーのように違う、というふうに例えるんです。

鮑玉子豆腐
日本料理の手法を生かした鶏の出汁を使った徳岡氏の「鮑玉子豆腐」

――どちらも世界的に人気のアニメを生み出していますが、どんなふうに違うのでしょうか?

徳岡 ディズニーは、善人と悪人がしっかりと分かれていて、勧善懲悪のストーリーが多いですよね。一方でジブリは、悪人でも、そうなってしまうのには理由があったり、一瞬善い面を見せたりと、ある意味多面的に描いているように思います。そんな多面性が日本の美と言えると思うのです。西洋料理は、例えば、ファッションにしても、靴とベルトの色を合わせる、とか。食器にしても、コースを通して同じメーカー、同じシリーズの皿やカトラリーで統一するのが良しとされます。一方で日本料理は、ガラスがあり、陶器があり、磁器や漆器があり、つくり手も様々、そんな多様性のあるものが日本の良さだと思いますね。

わらびもち
デザート「わらびもち」の提供は、ガラスの器に懐紙と陶器を合わせて

――日本古来の自然信仰、八百万の神、という考え方にも通じるものがあるように思いますね。お三方それぞれに、今回のコラボレーションで気に入ったペアリングはなんでしょうか?

マウリツィオ 私はアンナマリア クレメンティ2013に合わせた徳岡さんの「鮑玉子豆腐」、とルカの「オッソブーコのラビオリ」が気に入りました。

徳岡 私も、手前味噌ながら、鮑玉子豆腐とアンナマリア クレメンティ2013ですね。鮑の身にあるコハク酸の旨味と、鮑の肝のタレのグルタミン酸と、異なった旨味の相乗効果があるところに、フランチャコルタの爽快な泡、長期熟成ならではの深みのあるコクが感じられるペアリングで気に入っています。

アンナマリア クレメンティ2013(右)は平均108ヶ月間という長期間の瓶内二次発酵から生まれる複雑みが特徴だ。左はマウリツィオ氏の名を冠した赤のスティルワイン「マウリッツィオ・ザネッラ」2000。
アンナマリア クレメンティ2013(右)は平均108ヶ月間という長期間の瓶内二次発酵から生まれる複雑みが特徴だ。左はマウリツィオ氏の名を冠した赤のスティルワイン「マウリッツィオ・ザネッラ」2000。

ルカ 自分の料理で言うならば「マウリッツィオ・ザネッラ」2000と一緒に出した「エゾ鹿 柿」です。カベルネ・ソーヴィニョンが50%、残り25%ずつがカベルネ・フランとメルロー。ですから、甘味も酸味も、アロマも十分にある。同じ味の要素を料理に入れようと、生やローストした柿、ホースラディッシュのクリームや黒胡椒、ジュニパーベリーなどを加えました。そして、米とワインという難しいペアリングを成立させていた、徳岡さんの「茸御飯と鰻」とシャルドネ2009が素晴らしかったと思います。

――革新は新たな出会いから生まれることも多いもの。それぞれに違う立場からの伝統と革新を追求するお3方それぞれの深化を、楽しみにしております。

文・撮影(一部)=仲山今日子

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