
ビームスのクリエイティブディレクター、中村達也さんが所有する貴重なお宝服の中から、ウンチク満載なアイテムを紹介する人気連載「中村アーカイブ」。「ベーシックな服もアップデートされていくので、何十年も着続けられる服は意外と少ない」という中村さんだが、自身のファッション史の中で思い出深く、捨てられずに保管してあるアイテムも結構あるのだとか。そんなお宝服の第56弾は……?

【中村アーカイブ】 vol.56 / バロールのハウンドトゥースジャケット

’86年ごろに購入しました。’80年代中頃はアルマーニに代表されるイタリアのデザイナーブランドが全盛の時代でした。
BEAMSでも当時インターナショナルギャラリーで展開していたジャケットやスーツは、インポートもオリジナルも肩パッドがしっかり入っていてゴージが低くノーベントという、いわゆる当時アルマーニ調と言われるスタイルが主流でした。トラディショナルなテイストのBEAMS Fよりも、インターナショナルギャラリーの提案するスタイルを好むスタッフやお客様が多かった時代でした。
VALOR(バロール)は1983年に誕生したオリジナルレーベル。英国が本当の意味で余裕があり、世界の優雅で粋な男たちのスタイルの中心であった1930年代半ばに英国皇太子(後のウィンザー公)を通してアメリカに紹介され、当時のハリウッドスターにより一世を風靡したスタイル“ENGLISH DRAPE STYLE”をコンセプトにしていました。
’30年代半ばのハリウッドスタイルと言っても当時のスタイルをそのまま表現するのではなく、あくまでも’80年代の時代性を加味したうえでアップデートされていたので、当時流行していた肩パッドがしっかり入っていてゴージが低く、ノーベントというスタイルがVALORでも採用されていました。
もっとも’80年代のデザイナーたちが提案するスタイルは’30年代のリバイバルと言われていたので、VALORのテイストもリアル’30年代ではなかったにしろ、’80年代のテイストでアップデートされた30’sスタイルであったことには間違いありません。VALORはデッドストックの生地を復元したような生地使いも特徴でした。
’80年代中頃はモノトーンがはやっていたので、インターナショナルギャラリーもBEAMS Fもモノトーン柄の生地を使ったジャケットやスーツを展開していましたが、VALORの生地はモノトーンであっても大柄のものが多く、このハウンドトゥースのジャケットもBEAMSで展開しているモノトーン柄の中ではひと際インパクトがあるものでした。
VALORは当時スタッフの間でもとても人気があり、先輩たちもこのジャケットをよく着ていたので、入社2年目の新米であった自分も彼らに影響されこのジャケットを購入しました。
コーディネートはひたすらモノトーンでした(笑)。当時ジャケットはタイドアップよりもノータイで着るのが好きだったので、ブラックのパンツにブラックのニット、白いシャツというワンパターンの着こなしでした。フレンチアイビーがマイブームだったので、ジャケットの形は全くフレンチではありませんでしたが、着こなしの気分だけはフレンチでした。
VALORのコンセプトとは違っていましたが、そんな自由な着こなしも許されるのが当時のBEAMSでした。ただし、自由と言っても先輩たちのチェックは厳しく、着こなしが悪ければ着替えろと言われるのは日常茶飯事。今ではパワハラになってしまいますが、BEAMS魂をたたき込まれた良い経験でした。
ノーベントのジャケットやスーツは数着しか購入しませんでしたが、今持っているのは当時一番気に入っていた、このVALORのジャケットだけになりました。
もう着ることはないと思いますが、BEAMSのスタッフの中でもVALORのジャケットやスーツを持っているスタッフはかなり少ないので、BEAMSのアーカイブ資料としても残していきたい一着です。