たっぷりしたシルエットが、まさに“今”な気分
M.E. 今回のテーマはコットンのスプリングコート。ヴィンテージウェアにおいてはジーンズや軍モノと並んでメジャーなカテゴリーですが、ポロ ラルフ ローレンというチョイスはちょっと意外でした。
西口 ヴィンテージ・スプリングコートといえばバーバリーやアクアスキュータムが代表格ですが、今回は”今こそ着たい”という観点に立ってこちらをおすすめしたいと思います。
M.E. なるほど。どのあたりに“今”な気分を感じるのでしょうか?
西口 やはりシルエットですね。こちらは’90年代のヴィンテージですが、当時全盛だったビッグシルエットにデザインされているのが特徴です。襟裏の補強ステッチやDカンといった本格トレンチコートのディテールを採用しつつ、時代性も色濃く反映しているのがいかにもポロ ラルフ ローレンらしいところですね。
M.E. 普遍的なプロダクトとしての魅力とファッション性が両立しているというわけですね。
西口 そういうことです。そして、この’90年代的ムードがまさに今、再び新鮮なんです。たっぷりとした身幅とスリーブ、足元近くまである着丈など、クラシックで男らしいバランスが大変魅力的ですね。
M.E. デザインは武骨ですけど、生地が極薄なので軽快感もありますね。
西口 それも英国トレンチにはない魅力といえますね。こちらは「タイプライタークロス」と呼ばれる高密度の平織りコットンで、薄く軽やかでありながら適度なハリ感も備えています。ドレープも非常に美しく、ゆったりしたシルエットとベストマッチな素材ですね。
M.E. 重苦しく見えないところが今の季節にもぴったりだと思います。
西口 おっしゃるとおりです。それから作りの面でいうと、一枚袖を採用しているのもポイントですね。
M.E. これもヴィンテージ好きに刺さりますね! 現行のラグランスリーブは二枚はぎの袖がほとんどですから。昔のバーバリーが一枚袖を採用していて、それが人気の理由になったりもしていますよね。
西口 そうですね。なだらかな丸みのあるショルダーラインを描き出すなら、やはり一枚袖が一番です。
M.E. ところで、現行品で一枚袖のコートがほとんど見られないのはなぜなのでしょう? 二枚はぎに比べて作るのが難しいのでしょうか?
西口 いえ、そんなことはないと思います。あくまで私の推察ですが、シルエットのスリム化と関連しているのではないでしょうか。実は一枚袖の場合、ショルダーラインが美しくなる一方で、脇の下部分で生地が溜まりやすいという特徴もあります。コートのシルエットがゆったりしていた時代においては何の問題もなかったのですが、身頃や袖がスリムになってくると生地溜まりが目に付きますよね。ゆえに、すっきりと仕上げられる二枚袖に移行していったのではないかと考えます。近年は再びゆとりのあるシルエットに主流が戻りましたが、袖の作りはいまだにスリム全盛時代の名残を留めているという状況なのではないでしょうか。
M.E. そういう事情なんですね。謎が解けました! それにしても、ラルフ ローレンの作り込みは秀逸ですね。ヴィンテージというと“餅は餅屋”的な観点でモノを選びがちですけど、専業ブランド以外の名品もあるんだなと感心しました。
西口 Mr.ラルフ・ローレンは熱狂的なヴィンテージ愛好家としても知られていますが、オリジナルを知り尽くしたうえで、オリジナルにはない色・素材・デザインなど掛け合わせる手腕が天才的なんです。最近は多国籍なテイストを組み合わせたり、テーラードにヴィンテージをコーディネートしたりするミックス・スタイルが人気を博していますが、Mr.ラルフ・ローレンはそのパイオニアといえる存在ですね。
人気沸騰前の今こそ狙いをつけたい逸品
M.E. ではここで、着こなし方についてもお伺いできればと思います。トレンチコートはドレスにもカジュアルにも着られるアイテムですが、万能だけにどう合わせればいいのか迷ってしまいます……。
西口 おっしゃるとおり、合わせる服を選ばないアイテムですね。今日の私(下コラム)のようにノータイのスーツスタイルとコーディネートしてもいいですし、ジーンズと合わせてカジュアルに着てもサマになります。ただ個人的には今、“ごく普通のビジネススタイル”に合わせて着てみたいなと思っていますね。ネイビーやグレーの無地スーツにシルクのネクタイ、足元はレースアップの内羽根靴、みたいな服装です。
M.E. それは意外。ド直球のビジネススタイルに合わせると古めかしく見えたりしないのでしょうか?
西口 少し前ならそう感じられたかもしれません。しかし、“時代性のあるクラシック”の形が様々に変化していくなかで、いかに“普通の服装をヒネるか”ということに重きが置かれてきた結果、今やヒネった服装がむしろ普通になっています。そんな状況だからこそ、ここで改めて正統に立ち返りたいと思うのです。ビジネススーツ、タイドアップ、ドレスシューズ、そしてトレンチコートという、いわば究極的なベーシックスタイルが今こそ魅力的というわけですね。
M.E. 一周回ってベーシックが新鮮、という感じでしょうか。これからの機運としてぜひ心に留めておきたいご意見です。それでは最後に、こちらのスプリングコートをヴィンテージショップで選ぶ際に気をつけておきたいポイントをお教えいただけますでしょうか?
西口 こういったベルテッドコートの場合、ベルトが欠損しているものも多く見られますので、購入時に確認しておくとよいでしょう。首元のチンフラップも欠けているケースが少なくないですね。それからベルトのバックルが革巻きのものは、革部分の傷み具合もチェックしてみてください。生地が薄いコートはキズや穴があるものもありますが、目立たないものなら“アジ”として許容してもいいでしょう。このコートも、実は身頃に小さな穴がありますが、気にせず愛用しています。バーバリーやアクアスキュータムのトレンチに比べて知名度が低いだけに弾数はそれほど多くありませんが、よく探せば比較的簡単に見つけられると思います。今ならまだ、状態のいいものが手頃な価格で入手できることも。根気よく調べてみてください。