「”Less is more”の精神で、目の前にある本当に美味しい食材を、自由に」

世界中が、時には国を挙げて緻密な準備をした上で臨む大舞台「ボキューズ・ドール」を通して浜田氏が気付いたのは、「日本を知らなければ、世界で戦えない」ということだ。自らを振り返ると、生まれ育った鳥取県境港では、高値で売れる魚は大都市の高級レストランなどへの出荷用。普段食べていたのは大衆的な魚だった。大きな仕出し屋を営んでいた母は、そんな魚をおいしい料理に仕上げてくれた。命の価値は、高級魚も大衆魚も変わらない。ならば、美食の街で食通たちが食べ慣れた高級魚でなく、子どもの頃から食べてきた大衆魚の命を輝かせてみせよう——。
そこに後押しをしてくれたのが、1ヶ月だけ研修に行った、キノコの魔術師と呼ばれるフランス人シェフ、レジス・マルコン氏の言葉。デザートにまでキノコを使うシェフに、なぜそんなにキノコばかり使うのか、と聞くと、「目の前に美味しいキノコがあるから」という答えが返ってきた。「珍しいものを使うのではなく、身近に当たり前にあるものを美味しくするのが料理なのだ」。そう気づいた。当時働いていた軽井沢のレストランのそばでは、様々なきのこや山菜が採れた。そんな食材を、フランス料理で磨いた技で提供し、人気を博した。
2016年、星のや東京の料理長として就任するにあたり、日本の独自性を表現する伝統野菜を使おうと思い立った。そして向かった、日本最大の青果市場、大田市場で突きつけられたのは、驚くべき現実だった。「日本の伝統野菜が欲しい、と言ったら、それは手に入らない、というのです。メロンだけでも何十種類、珍しい西洋野菜が色とりどりに並ぶ中、日本の伝統野菜がないなんて」衝撃を受けた浜田氏は、軽井沢時代のつてを頼り、伝統野菜を育てる農家を回った。
そこで見たのは、危機的な状況だった。「例えば、90歳を超えたおばあちゃんが今も伝統野菜を細々と育てていた。でも、その品種の種は、このおばあちゃんしか持っていないのです」。収量を上げるため、などの理由で品種改良された品種ではなく、日本で受け継がれてきた伝統品種を、使い続けることで守る。逆に、日本にない食材は使わない、そう決めた。海に囲まれた日本は、魚を食べてきた文化。だからこそ魚中心の料理と定めたのが、「Nipponキュイジーヌ」である。
「Less is more——縛りがある方が、自由に深く発想できる気がします」と浜田氏はいう。卓越した技術の絵付け師が、完璧な草花でなく、虫食いをあえて手間をかけて描き加えた加賀友禅のように、日本人は自然なもの自然なままに愛でる文化を保ってきた。そんな中で浜田氏がこだわるのは、「ゆらぎ」のある自然の中の食材だ。

安定した品質が望める養殖と違い、自然の中にある食材は、きのこ一つとっても、大きさも形もそれぞれに異なる。山の旬は2日で、それを逃せばもう食材はなくなっていたりもする。各地に住む山の達人から「そろそろこの食材がいいよ」という電話が来れば、夜、ダイニングの仕事が終わってから車を飛ばし、明け方から採集活動に入る。自然は待ってはくれないからだ。山に分け入り、自ら採集を繰り返す中で、食材自体が持つ命の輝きにも魅せられた。
「野生のものは、自分が生きたいところで生きている、だから、人間に勝手に場所を決められたものよりも、生き物としてのエネルギーが違う気がするのです」。自然を知ることは、料理を知ること。メニューは食材に応じて変わり、月に2~3回ほどは、自ら採集のために足を運ぶ。「自然はコントロールできない。だから面白い」そう言って笑う。ちなみに、厨房で使う熱源は、炭が主なのも、そんな理由からだ。
オックスフォード大の研究で、今から約10年後には、現在ある仕事の半分ほどがAIに取って変わられると発表された。そんな今、料理の世界にもAIが入ってくると言われている。完璧な温度帯でレシピ通りに作ることは、むしろ人よりもAIが得意かもしれない。だけれども、人にしかできないことはなんだろう。それは、料理であるなら、それぞれに違う食材を見極めて、それに合った仕事をすることだ。そして、相手の心に残る物語を創り、コミュニケーションを通してそれを伝えていくことだろう。
人の心に寄り添うサービスを提供する仕事。AIが発達すればするほど、その価値は益々高まってくるように思えてならない。それは、一人一人のゲストに合わせたサービスと共に日本文化という体験を提供する、星のや東京の「日本旅館のもてなし」の心にも、通じているに違いない。
星のや東京 「Nipponキュイジーヌ~ときの旅~」
期間:10月31日(木)まで
場所:星のや東京 ダイニング カウンター席
住所:東京都千代田区大手町1-9-1
価格:1名3万円(税・サービス料10%別、宿泊料別)
定員:1日3組6名まで(最少催行人数2名)
対象:星のや東京宿泊者
予約:ホームページまたは電話にて7日前までに予約
TEL :0570-073-066 (星のや総合予約)
星のや公式サイト
※仕入れ状況により、料理内容や食材の産地が一部変更になる場合があります。
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撮影・文/仲山今日子