観光メニューをなぞり、体験を詰め込む時代から、ひとつの目的に贅沢な時間を費やす“一点集中型”の旅へ。ラグジュアリーな旅のあり方は、今まさに変わろうとしている。
記憶にのこる【滞在】
HOTEL 白林(びゃくりん)HAKODATE
[北海道・函館]
特別な体験を求めずとも、ただ“滞在”することにこそ価値がある。旧ロシア領事館を再生したヒストリカルホテルは、まさにその象徴だ。
作家 谷村志穂さん
1962年、北海道出身。1990年、『結婚しないかもしれない症候群』で文壇デビュー。小説『黒髪』執筆中に日露交流の歴史に触れ、旧ロシア領事館と出会う。「HOTEL 白林 HAKODATE」のプロデューサーを務める。
悠久の歴史と現代が交錯する唯一無二のヒストリカルホテル
どんなに優れたAIでも、歴史を創り出すことはできない。明治41年に建てられた旧ロシア領事館を再生し、今年7月に誕生した「HOTEL 白林 HAKODATE」は、“滞在”そのものが価値となる稀有な宿だ。
プロデュースしたのは、作家・谷村志穂さん。2005年、長編小説『黒髪』の取材でこの建物に出会い、その魅力に心を奪われた。「百年以上を経た木骨煉瓦造りの建物はいまだ堂々としていて、敷地内にはみずみずしい生命力が漂っていた」と谷村さんは振り返る。眠り続けていた館をヒストリカルホテルとして甦らせる構想は、ここから始まった。
ホテルは、往時の意匠を残す領事館棟と、新設されたウェルネス棟の二棟から構成される。両棟をつなぐ中庭には、樹齢200年を超えるハルニレの大木がそびえ立つ。アイヌの人々が“神の宿る木”と敬ってきた存在であり、今はホテルの象徴だ。異なる時代の建築が織りなす静と動、光と影の対比は見る者の心に余韻を残す。
客室はすべてプライベートサウナを備えたオールスイート。ラグジュアリーとウェルネスが静かに調和する設えだ。夕暮れ時には、メインダイニングの大窓から刻一刻と変わる函館港の表情が望める。北海道の恵みを生かした料理とともに、時を超える物語に浸るひと時が訪れる。
この館を舞台にした小説『黒髪』には「忘れた頃にまた、教会の鐘が鳴り響く。空には見事な夕映えが広がっている。足下から海へ上がってきて全身を包む力は、まるで光のようだ」という印象的な一節がある。窓の向こうに広がる光景と重ねれば、その言葉が胸に沁み入る。
100年を超える壮大な歴史と現在が交錯する比類なき空間。ここで過ごす時間は、単なる宿泊ではない“記憶にのこる旅”となる。
旧ロシア領事館を再生した歴史の舞台で時間を重ねる贅沢
100年超の歴史を誇る和の意匠を取り入れた赤れんが建築
1908年に帝政ロシアが建てた、日本で唯一現存する歴史的建造物。函館港を望む高台に佇む、和の意匠を採り入れた赤れんが造りの洋館は、古い絵葉書にも残る。36年間の領事館時代を経て、戦後は市民の研修施設として親しまれたが、1996年に閉鎖。2025年7月、往時の風格を残しつつ、新たな歴史を刻むヒストリカルホテルとして蘇った。
領事館棟で味わう一期一会の美食体験
地元の滋味で彩るモダンフレンチと鮨
領事館棟には、レストラン、すし処、バーを併設。函館港を一望できる「Main Dining 白夜」では地元の滋味を生かしたモダンフレンチを堪能できる。「すし処 船見」では北海道の旬を握る “EZO前にぎり”が味わえる。「Bar Hakodadi」では、オーセンティックなバー空間でグラスを傾け、美酒を楽しむ上質なひと時を。>
函館湾が一望できる、心と体をゆるめるウェルネス棟
ロウリュが楽しめるフィンランド式サウナも
樹齢200年のハルニレの木に抱かれるように建つウェルネス棟。函館港を望むフィンランド式サウナでは、ロウリュが楽しめる。熱した石に水をかけて発生させた蒸気には、新陳代謝を促す効果が。
心身を解き放つ、非日常のウェルネススペース
広々としたスペースに、ジャグジー、小プール、ドライサウナ、ミストサウナを備え、訪れる者を非日常へと誘う。水と炎、冷と温が織りなす共演は、日常で疲れた体と頭を深く癒してくれる。各部屋は、光庭を含む専有面積100m2以上の広さを誇り、半屋外の露天風呂も備える。
HOTEL 白林 HAKODATE
北海道函館市船見町17-3
TEL/0138-83-2273
料金/1室2名利用で1泊夕朝食付き1室31万9000円(サービス料別)
滞在時間/IN15時~18時、OUT11時
[MEN’S EX Autumn 2025の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)
※表示価格は税込み





