“自由さ=フレンチトラッド” 中村達也の「トラッド50年史」 #’80s~‘90s編

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中村達也の「トラッド50年史」1980s~1990s編

近年のファッションにおける最大のキーワード、“リバイバル”。本誌ではこれまで、その源流となった過去のムーブメントを断片的に紹介してきたが、ここで一度、50年にわたるトラッドファッションの歴史を総まとめしてみよう。解説役は我らが指南役・中村達也氏だ。


>>>#1970s~1980s編を読む。

フレンチトラッドに定義はない。
強いていうなら「自由さ」

1980s
フレンチとブリティッシュの時代

ここで、’80年代にパリを牽引したショップやブランドをご紹介しましょう。まずはエミスフェール。リーバイス501やラコステ、フレッド・ペリー、ブルックス ブラザーズのBDシャツなどトラッドの大定番アイテムを扱っていましたが、独特のヒネリを効かせた素晴らしい提案をしていました。オルテガのチマヨベストをトラッドにミックスしていたのも印象的です。そしてオールド イングランド。現在でもブランドの看板であるダッフルコートは、当時から人気アイテムでした。マルセルラサンスはややブティック然としたショップで、インバーティアやオールデン、パラブーツ、エルベシャプリエなどを扱っていました。モンクレールのダウンに火をつけたのもここで、ドレスウェアにダウンをミックスするという画期的な提案が話題になりました。それからフレンチアイビーとは少々毛色が違いますが、アルニスやエルメス、ケンゾー オム、シャルべといった高級店も大いに注目され、私もパリ出張の際には必ずチェックしていました。

フレンチアイビーの具体例を参照するなら、1984年に刊行された『POPEYE』9/25号がバイブルとされていますが、加えてザ・スタイル・カウンシル時代のポール・ウェラーもチェックしたいところです。彼はイギリス人ですがフレンチアイビーのスタイルアイコンとされていて、とりわけパリで撮影されたといわれるアルバム『カフェ・ブリュ』のアートワークが有名です。

私がビームスに入社した1984年はフレンチアイビーの全盛期。学生時代は様々なスタイルに影響された私も、当時は大いにハマりました。私見ですが、フレンチブームの背景には’70年代から流行しつつあったイタリアンデザイナーたちの影響があるのではと感じています。彼らの台頭によって、それまでアメリカ色が濃厚だった日本のファッションシーンにもヨーロッパの空気が流れ始めていました。そんな中、アイビーと共通項をもちつつ欧州の風も感じられるフレンチアイビーが、トラッドファンたちの心を掴んだのだと思います。独自の感覚でミックスを楽しむフランスの気風は、定型化が進んでいたアイビースタイルに風穴を開ける自由さに満ちていたのです。

世がバブル景気に沸き、ソフトスーツを着た男たちで街があふれかえった’80年代後半。トラッド派の間にも新たなムーブメントが訪れました。「ブリティッシュ」の台頭です。当時、我々の間では“Very Royal”というフレーズがしばしば飛び交っていました。英国王室を思わせるノーブルなムードという意味合いで、スーツでいえばパッドや芯地で構築された仕立て、第1ボタンの上でラペルが返る“ジュンミツ”の3B、シェイプされたウエスト、サイドベンツといったスタイルが象徴的でした。余談ですが、当時ミュージシャンのブライアン・フェリーが、ゼニアのスーツにダブルカフスのシャツを合わせていたのも記憶しています。1989年には『BRUTUS』が英国靴特集を組んだことをきっかけにポールセン・スコーンやエドワード グリーンといったブランドの人気が爆発し、本格靴ブームの端緒となりました。

ブリティッシュ・ムーブメントの背景にあったのは、“服の本流”を見つめ直そうという機運。アイビーもブリティッシュ・アメリカンもフレンチアイビーも、元を辿れば英国です。ファッションの多様化が進んできたこの時代に、改めて原点に立ち返ろうというムードが高まっていたのです。このブリティッシュ全盛時代は、後に解説するイタリアン・クラシックブームまで続くことになります。


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