
ほかにも出張の思い出があれば教えてください。
「ヨーロッパ4都市を巡る出張でしたが、パリのセム(著名なファッション見本市)を見られたし、いまの人生の糧になった旅です。飛行機はスタッフ4人がエコノミークラスに横並びで、ホテルも相部屋。このときの体験は地獄の研修旅行として、いまでも語り草です(笑)」。
中村さんのアルバムから(写真3枚)
順風満帆で充実されていたんですね。次の転機はいつ頃ですか?
「出張から帰って間もなく、大勢のスタッフが退社するという事件が起こりました。人が抜けたことで、私の上司が2つのセクションを1人で抱えることになりました。その頃、私は26歳でショップマネージャー(店長)になったばかり。大変でしょうからと、ショップマネージャーをしながら、進んで先輩のバイイング(買い付け)の仕事を手伝い始めることにしたんです」。
バイヤーの仕事を、どのように見ていましたか?
「洋服屋であるからには自分で仕入れをしてみたいと思っていました。でもまだ実力がないから、いろいろと努力が必要だと感じていたんです。アシスタントバイヤーを始めた頃からブレザーや英国靴ブームが起き、ビームスFが有名になっていきました。そうして徐々にステップアップしていったわけです。展示会を回るようになり、色々と自分の企画を手掛けると結果が付いてくるようになりました。自分の苦労が華開いたんです。なにしろ、バブルの頃は仕事しかしていなかったわけですから。長時間の残業をして、毎日タクシーで帰宅するような状況でした。本当に遊ぶ時間はなかったけれど、いまになればそのおかげで身についたことも多かったのかなと思えます」。






