真面目に仕事に取り組んでいたからこそですね。次の大きな展開は?
「先輩が退社することになったのが次の転機です。そのため、インターナショナルギャラリー ビームスとビームスFの両方を私が受け持つことになりました。いままではバイヤーだったのがディレクターに昇格したんです。すると、全体のマネージメントがのしかかってくることになります。その後、インターナショナルギャラリー ビームスとビームスFは好調に推移し、結果を残すことができて副部長、部長とステップアップしていきました」。
その頃はどんなファッションがお好みでしたか?
「一貫してビームスFのスタイルです。軸はブレないし、基本は変わりません。この頃から雑誌の取材が増えて、私の知識やパーソナルな部分がメディアに取り上げていただけるようになっていったんです。メディアの方とのつながりが生まれて、SNSのない時代だったにもかかわらず、名前を多くの方に知っていただけるようになりました」
ご意見番としての中村さんの活躍が始まるんですね
「心掛けていたのは分かりやすい言葉。読者の方になるべく伝わるようにしたかったんです。かっこよく言おうとすると、かえって意味が伝わりにくくなるし、難しい言い方だと自分もわからなくなってしまうので」。
絶好調のこの時代の印象的な出来事はなんですか?
「2002年のビームス ハウス 丸の内のオープンが最大のプロジェクトでした。それまでのビームスはカジュアルのビジネス規模が大きかったので大人のビームスを作ろうとの思いから、私がウィメンズを含む総合ディレクションを手掛けてオープン。結果は大成功で、大人のショップとしてビームスの格を上げられたと手応えを感じました。その後、私は執行役員になってメンズだけでなくウィメンズのドレス部門も管轄しています」。
「そうこうしているうちに、50歳を迎えて自分の仕事の集大成に向けて『今後のことも考えなくては……』と思っていた矢先、経理からメールが届きました。見ると『取締役就任おめでとうございます』と書かれていて。何かの間違いだろうと思って問い合わせたら、これが本当でビックリ。でも、私はずっと現場の人間でした。経営など役員の仕事に向いていないので『本当に自分が役員でいいのか』と社長に申し出たんです」

中村さんってホントに欲のない方ですね(笑)
「すると、社長から面白い話を聞きました。ある有名ホテルでは料理長が副社長を務めているというんです。『料理はホテルの要だからだよ、そういう人材が必要なんだ』と。いいこと言うな~と思って(笑)。それでお引き受けして現在に至ります。いまのファッション業界は、現場のたたき上げで役員になる人が本当に少ないんです。マネージメントに強い人が大半で、私のように現場の人間でも役員になれるという夢を与えてもらえたと感謝しています」。
中村さんのたどった道のりは、まさしく紳士服を極めた業界人のサクセスストーリー。と、同時にファッションの移り変わりがうかがえるものだった。役員になったいまも、オフィスで優雅な椅子に座って仕事をするのではなく世界中を巡り、展示会に顔を出すというから、現場主義であることには変わりがない。これからも中村さんのバイイングの手腕や、SNSで発信する新鮮な情報は多くの洒落者を魅了するだろう。
中村さんをファッションチェック(写真4枚)
撮影/小澤達也(Studio Mug) 取材・文/川田剛史






