そんなブームがあったとは。次に中村さんが目を留めたものは?
「大学2年生の後半、セレクトショップが注目されるようになってきました。ヨーロッパのカジュアルの後にアメカジブームが訪れたわけです。リーバイス501、ヘルスニット、ビッグマックのシャンブレーやヒッコリーストライプのシャツなんかを着ていました。ビームス、シップス、キャンプスなどのセレクトショップが人気を集めるようになっていたこの時代、アメリカ物が流行りつつもインターナショナルギャラリー ビームスが登場。ヨーロッパ物もミックスするスタイリングが見られるようになってきます」
中村さんの装いにも影響を与えたのでしょうか
「私も最初はズバリのアメカジです。基本はオーバーサイスでシャツの裾はインする。この頃、アメ横や渋谷のお店をのぞいたり、雑誌を読んだりするようになりました。『ポパイ』、『メンズクラブ』、『ホットドッグ・プレス』あたりでビームス、シップス、キャンプスがよく紹介されていて、かっこいいなと。当時、アメ横のヤヨイでゴールデンベアのスタジャンやリーバイス501を買ったのを覚えています。ヤヨイはリーバイス501の裾を切らなくてもいいようにレングスが全部揃っていたんです。なおかつ安い(笑)。店にいるお母さんがジーンズのフィッティングや洗剤ナシで裏返して水洗いするなんてことも教えてくれて」。
「そうしたなか、私が通っていたお店にスペルガのスニーカー、セントジェームスのボーダーTシャツなんかが入ってくるようになって、これに影響されました。ヨーロッパ物は新鮮でした。大学3年生か4年生のときに『ポパイ』で読んだフレンチアイビー特集に、非常に感化されまして。フレンチラコステ(フランス製のラコステのポロシャツ)、リベルトやC17などのフランス製のジーンズを買いました」。
中村さんの私物を拝見(写真2枚)
いよいよ大学卒業が近づいてきますよね
「大学4年生の夏になっても就職活動をしていなくて……。でも洋服屋になりたいとの思いはありました。当時、パレフランスの駐車場(現在のビームス原宿の向かい辺り)でアルバイトを始めていました。するとビームスのスタッフが前を通りがかります。その姿を見てかっこいいなと思っていました。そして毎日お店にも(客として)通うようになり、9月にアルバイトとしてビームスに入ったんです。当時の先輩には『毎日来るけど、買いものはしなかったよね』なんて言われていました(笑)」。






