SIHH取材 DAY 5

独立系ウォッチブランドの個性
SIHHの会場の中に、どのラグジュアリーブランドのグループにも属さない、独立系時計ブランドが、ブースを開くようになってから2年目の今年、さらに参加ブランドが5つも増えていて盛況だった。
それに従い会場の入り口付近のレイアウトが変わったのだが”カレ・デ・オルロジェ”(Carre des horlogers)、『時計師スクエア』と名付けられたその一角は、まるでかつてのバーゼルワールドの一部が、そのまま引っ越してきたかのような賑わいを見せていたのだった。
昨年からの参加組はヴティライネン(KARI VOUTILAINEN)、MB&F、クリストフ・クラーレ(CHRISTOPHE CLARET)、H.モーザー(H.Moser & Cie.)、オートランス(Hautlence)、グローネフェルド(Gronefeld)、HYT、ローラン・フェリエ(LAURENT FERRIER)、レッセンス(RESSENCE)、スピーク・マリン(SPEAKE-MARIN)、ウルベルク(URWERK)、ロマン・ジェローム(ROMAIN JEROME)。そしてそこに新しく参加したのは、ショパールの特別なチームがクリエーションするクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥー(CHRONOMETRIE FERDINAND BERTHOUD)、アーミン・シュトローム(Armin Strom)、ドゥヴィット(DEWITT)、ローマン・ゴティエ(Romain Gauthier)、そしてF.P.ジュルヌのエレガント(elegante by F.P.Journe)という顔ぶれ。
いずれも個性的な機構やデザインを誇る、独立系時計ブランドばかりで、どのブランドのブースも、見ていて飽きる事がない。
またその『時計師スクエア』の一画には、機械式時計を昔ながらの工作機械を使って、手作りをする手技を伝えるプロジェクト、”ギャル・ド・タン”(Le Garde Temps)の小さなアトリエが設けられており、そこにも注目が集まっていたのだった。先生役のフィリップ・デュフォー(Philippe Dufour)氏も毎日顔を出し、生徒の数も増えていて、プロジェクトの成功ぶりがうかがえる。
HYT エイチ・ワイ・ティー
『時計スクエア』で最初に取材することになったのがHYTだ。
チューブの中の液体を用いて、時間の流れを見せるという、ユニークな時計を作るHYTの新作は、ドーム型のサファイア・クリスタル風防が近未来的なデザインの、「H2.0」という名のモデルだ。
ルノー・エ・パピが開発した機械式ムーブメントにより、ムーブメント下部にある二つのベローズ(フイゴ)に力を与え、その中に入れられた粘性の異なる着色された液体と、無色の液体を動かして、時間の流れを可視化するという、なんともハイテクノロジカルなこの時計の最新型は、ドーム型風防によりさらに時間を表すチューブが読み取りやすくなった。ブルーのリキッドが入ったものと、レッドのリキッドの入ったものの、それぞれ25ピースという限定生産品となるようだ。
水時計というものの歴史は古く、今から3400年も前に、エジプトのアメンエムハトが発明したものがあったことが、その墓碑銘から読み取れるのだそうだ。そしてギリシャ時代にもクレプシドラという水時計が実用されていたそうで、それらが水時計のルーツだといわれる。
その古い歴史を持つ時計が、現代の最先端技術によって、腕に乗せられるサイズの時計となったことは、驚きそのものと言えるだろう。
ROMAIN JEROME ロマン・ジェローム
そして次に訪れたブランドはロマン・ジェロームだ。その新作はなんと、マーベル・コミックとコラボレーションした、アメリカン・コミックの人気キャラクター”スパイダーマン”をモチーフにしたもので、文字盤に真っ赤な蜘蛛がグラフィカルに描かれた、インパクトの強いタイムピースとなった。
直線的な構成のブリッジの、いちばん上段にはメインスプリング、そして下段にはテンプなどの脱進機周りを配置し、それらがシースルーに見える凝った作りだ。
そしてケースバックのサファイア・クリスタルに、メタライズ(金属加工)により蜘蛛の巣を描いた、遊び心を楽しめる時計となっている。
H.Moser & Cie. H.モーザー
H.モーザーは昨年、スイスの伝統的な時計製造の世界で仕事をする、若い技術者を支援する基金のために、スイス産のチーズを特殊加工したケースの時計をオークションに出品して話題を呼んだ。その時計は100,000スイスフランで落札され、それを基金に寄付したという。
そんなモーザーの新しいコレクションの中でも出色だったのは、4枚のディスクが回転しながら、時を伝える「エンデバー・フライングアワーズ」というモデルだ。
時計中央のディスクは分の経過を表示するもので、それが一回りすると、外側のサテライト・ディスクの一つの数字が白くなり、何時であるかという事を知らせる、遊び心あふれるシステムである。このシステムはモーザーのブラザーカンパニーである、オートランスによるものだそうだ。
また「エンデバー・トゥールビヨン・コンセプト」というモデルは、ブランドのロゴや、インデックスを持たない、実にシンプルな文字盤の時計だが、モーザーお得意の、グラデーションが美しいフュメ・ダイアルが印象的だ。
この時計の佇まいは、時間を読み取ることとは何かと、哲学的に語りかけてくれる。
URWERK ウルベルク
時、分の針が文字盤の上を、単純に回転運動していく、腕時計というオブジェに持ってきた我々の固定観念を、いともたやすく打ち破る形で登場したのが、ウルベルクの腕時計だった。
彼らがレボルビング・サテライトと呼ぶ、針に替わるキューブの先端の、四面の数字が回転して現在時刻を示し、その先端の矢印で分を読み取るという、何とも複雑な構造を持つ時計だ。
そしてこの新作「UR-210 ブラック プラチナム」のケースは黒くPVD加工されているが、実はその素材として選ばれたのは、高価なプラチナなのだそうだ。
ウルベルクの時計のファン達は、もうゴールド素材のウルベルクは持っているので、ちょっと変わったものがほしいという要望を受け、それに応える形でこの時計は作られたそうだ。
カレ・ド・オルロージュには、まだまだじっくり見せてもらいたい時計がたくさんあるのだが、なにしろ撮影取材のスケジュールが、びっしりと詰まっているので、駆け足で見て歩くしかないのが残念だった。
今年初めて出展したクロノメトリー・フェルディナント・ベルトゥーは、ショパールの特別なプロジェクトによって作られる時計で、昨年のジュネーブ時計グランプリの金賞を得た。
チェーン・フュゼやトゥールビヨンなど、機械式時計としての最高の技術の粋を尽くしたその時計の、新しいバージョンも作られていて、資料だけはいただいたが、まだじっくりと読む時間がない。いずれまたそのニュースを届けたいと思っているのだが。

Profile
松山 猛 Takeshi Matsuyama
1946年京都生まれ。作家、作詞家、編集者。MEN’S EX本誌創刊以前の1980年代からスイス機械式時計のもの作りに注目し、取材、評論を続ける。SIHHは初回から欠かさず取材を重ね、今年で28回目。
撮影/岸田克法 文/松山 猛