未来予想(1)Suit
21世紀に入り、現代スーツはかつてない多様化時代へ
まもなく誕生360年を迎えるスーツ。その軌跡を服飾史の第一人者とともに振り返りながら、改めてスーツの価値を考えてみよう。その先に、スーツの未来予想図が見えてくるはずだ。
服飾史家・作家 中野香織さん
紳士服の歴史やラグジュアリー文化を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。6月には新刊『「イノベーター」で読む アパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)が発売された。
スーツスタイルを知ることは、自己を高める教養になる
20世紀において、スーツは時代を映す鏡であった。しかし世紀をまたぎ、その実像は大きく変わる。急速なカジュアル化。気候変動。コロナ禍。自由な働き方が浸透するなかで、スーツもかつてないほど多様化。そんな今にあって、スーツをどう捉えていいかわからなくなっている人も多いだろう。しかし、中野さんはこう力を込める。
「確かに仕事服という視野だけで見ると、スーツのプレゼンスは下がったかもしれません。しかし公的な場において、世界で最もポピュラーな服は何か? といえば、それは依然スーツで間違いないでしょう。礼節・敬意・品格を表す服として、スーツは世界の共通言語ともいえるのです。さらにいえば、スーツの価値は今なお進化を続けています。ここ10年ほどを振り返ると、香港やシンガポール、韓国やタイなどで“クラシコアジア”のムーブメントが盛り上がったり、平和への願いをスーツに託すサプールが話題になったり。つい最近では、ジェフ・ベゾスの結婚式が印象的でした。ディナージャケットにホワイトタイもあり。フォーマルの定石からしたら誤りですが、これも“現代のアメリカ式”と許容されていたのです。今やスーツは英国が定めたルールから解き放たれ、グローバルに広がりつつローカライズされているといえるでしょう。ファッションは常に移ろいゆくのが宿命ですが、スーツスタイルは装いの知識や経験を自身の中に蓄積していくことができます。それがいつしか自分の軸となって、自信の源になってくれる。スーツに親しむことは、教養を身につけることと同じなのです」
機能系スーツも日進月歩で進化
体感温度を下げるウール生地、ストレッチ性や撥水性を備えたスーツなどの話題が広がり始めたのが2000年代後半。その後、機能系スーツは目覚ましい勢いで進化し、ジャージースーツや洗えるスーツは今や常識になりつつある。快適さを高めながら見た目の美しさを向上させるノウハウも磨かれ、“きちんと快適”が時代のキーワードに。
加速度的に進んだ仕事服のカジュアル化
クールビズの一般化とともにビジカジスタイルが浸透。夏場のノータイだけでなく、秋冬においてもスーツにニットポロやタートルネックニットを合わせる装いが人気に。生地や色柄に対する意識もここ10年ほどで大きく変化。コットンやリネン素材が仕事服として提案され、ブラウンなどファッション色の強かったカラーも徐々に受け入れられるようになる。近年の働き方改革により、カジュアル化はさらに加速。日本だけでなく、世界規模でも同様の傾向が強まっている。
クラシック回帰と空前の仕立て服ブーム
アンコン仕立て、スーパースリムシルエットの大流行を経て、2010年代中盤からはクラシック回帰のムードが急速に拡大。適度なゆとりのあるシルエットやプリーツパンツがスタンダードに返り咲いた。時を同じくして、世界的なビスポークブームが到来。日本でもナポリやロンドンで技を磨いたテーラーが次々と台頭し、その人気は今も続いている。
もはやスーツもMIXスタイルが主流に
クラシック回帰と並行して、各国のブランドでリーダーの世代交代が進む。彼らはそれまでの固定観念に縛られない装いを実践し、イタリアンに大きく傾いていたスーツスタイルも変化。トラッドやヴィンテージといった多彩なテイストをいかにMIXするかが洒脱の鍵になった。
[MEN’S EX Autumn 2025の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)





