【服飾史家・作家 中野香織さんと考察する】スーツ360年の歴史と現在地。そして未来

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未来予想(1)Suit
服飾史家・作家 中野香織さんと考察する
スーツ360年の歴史と現在地。そして未来

まもなく誕生360年を迎えるスーツ。その軌跡を服飾史の第一人者とともに振り返りながら、改めてスーツの価値を考えてみよう。その先に、スーツの未来予想図が見えてくるはずだ。

服飾史家・作家 中野香織さん

服飾史家・作家 中野香織さん

紳士服の歴史やラグジュアリー文化を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。6月には新刊『「イノベーター」で読む アパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)が発売された。

倹約の象徴として生まれ、英国の発展とともに世界へ浸透

紳士服の基本・スーツは、いったいどのように生まれ、定着していったのだろうか。服飾史家・作家の中野香織さんは、その起源を1666年に英国で発せられた衣服改革宣言に遡れると指摘する。

「当時、英国ではペストが蔓延し、さらにロンドンが大火に見舞われるという惨事も重なったことで、民衆は大きな不満を募らせていました。その捌け口は、宮廷で贅沢の限りを尽くしていた王侯貴族たちへと向かいます。そんな情勢を重く見た時の国王・チャールズ2世が宣言した、男性の衣服改革。煌びやかな宮廷服を廃止し、倹約の象徴として新しい衣服を採用することにしたのです。その一式は、上着・ベスト・ズボン・シャツ・タイという内容。つまり現在のスーツと同じ衣服システムです。いっぽう、スーツに宿る精神はダンディズムの祖、ボー・ブランメルにそのルーツを求めることができます。『人が振り返って見る服装は失敗である』という格言が象徴する“控えめ”の美学。色や柄でなくカット&フィットで表現するエレガンス。スーツスタイルの中核的概念を定着させた彼の功績は、特筆に値するものでしょう」

スーツが現在と同じ形になり、大衆の外出着として普及したのは1860年代。

「背景には、産業革命によって既製服の大量生産が可能になったこと、そしてホワイトカラーの出現があります。スーツは、新しい技術と新しい階層、言い換えれば新しい時代の象徴として広まっていきました。またこの時代はイギリス帝国が世界の覇権を握り、各地への入植を拡大。英語が世界の共通語になるとともに、英国発祥のスーツも世界規模で地位を確立していったのです」

次に、現代ファッションの視点からスーツを見ていこう。大戦の前後、英米では多彩なスーツスタイルが花開いた。かたや日本では戦後にアイビールックが社会現象となったが、スーツの主流は労働のための制服であった。“ドブネズミルック”と揶揄されたグレーの背広は勤勉の象徴ではあったが、同時に個性の墓標でもあった。そこに変化が現れたのは’70年代以降のことだ。

「新進気鋭のデザイナーが次々と台頭し、モードの新風をまとったスーツが出現しました。なかでも極めつきはジョルジオ アルマーニでしょう。紳士服の黄金期といわれる’30年代のシルエットをベースにしながら、大胆な脱構築を表現。女性服のようにしなやかな生地を用い、色合いもメンズの固定観念を打ち破るものでした。アルマーニの出現は、男性の装い意識を改革したといえるでしょう。威厳や勤勉さではなく、色気を表現するためのスーツ。その大潮流は、膨張する景気にも後押しされて熱狂の渦を巻き起こしていったのです」

スーツの歴史

【1666年】

英国王チャールズ2世が衣服改革宣言を発する。上着・ベスト・ズボン・シャツ・タイという衣服システムが宮廷の装いに採用される

1666年

【1778年】

ダンディズムの祖、ボー・ブランメル誕生

【19世紀前半】

フロックコートがカントリーウェアからタウンウェアへと変化

19世紀前半

【19世紀前半】

男性服の下衣が半ズボンから長ズボンへと移行

【19世紀前半】

上下黒のイブニングコートが夜会の正装として定着する

【1849年】

ブルックス ブラザーズが既製スーツを発売。ゴールドラッシュで財を成した新興ビジネスマンの間で人気に

【1860年代】

ラウンジスーツが誕生。現在のスーツの原型が完成

1860年代

【1870年代】

フロックコートに代わり、モーニングコートが昼間の礼装として普及

【1872年】

太政官布告により、日本の礼服=洋服と定められる

【1876年】

英国皇太子エドワード7世がディナージャケット(タキシード)を着用し話題に。

【1890~1900年代】

この頃からラウンジスーツが民衆の街着として一般化する。
靴もブーツから短靴へと移行

【1930年代】

ドレープスーツが流行。ハリウッドスターなども英国のテーラーでスーツを仕立てていた

【1930年代】

英国で男性服改革運動が起こる。夏季の服装として半ズボンのスーツなどを提案

1930年代

【1940年代】

ボールドルックが流行。幅広の肩とラペル、低いVゾーン、長い着丈など、力強さを誇張したスーツスタイルが主流になる

【1950年代】

米国でアイビールックがファッションとして広まる

1950年代

【1954年】

石津謙介がVANを始動。和製アイビーの歴史始まる

【1950年代後半~60年代中盤】

英国でモッズ・ムーブメント起こる

1950年代後半~60年代中盤

【1964年】

みゆき族が社会現象として報道される

【1965年】

「TAKE IVY」刊行。アイビーリーガーたちのスタイルを写した貴重な資料として伝説となる

【1960年代後半】

泥沼化するベトナム戦争への反発からヒッピームーブメントがアメリカで起こる。それに伴ってアイビースタイルも沈静化

【1967年】

ラルフ ローレン創業。
日本では’70年代後半から展開が始まり、トラッドの新潮流を生み出す

【1975年】

ジョルジオアルマーニ創業。
スーツのシルエットを大胆に再解釈し、ソフトスーツ大流行に繋がる

1975年
Giorgio Armani M SS 1989 – photo credit Aldo Fallai

【1970年代中盤】

ブリティッシュ・アメリカンスタイルが日本で人気に

【1978年】

ビームスFが原宿に誕生

【1979年】

第二次オイルショックを機に、大平正芳首相が省エネルックを提唱

1979年
The Asahi Shimbun/Getty Images

【1980年代】

サルヴァトーレ・セザラニやアレキサンダー・ジュリアンなどが牽引するニューヨークトラッドが隆盛

【1980年代】

ソフトスーツ全盛時代。DCブランドブームが沸騰

【1990年代前半】

ブリティッシュスタイルが人気に。’90年代中盤に入るとリチャード ジェームスら先鋭的なテーラーも台頭し「ニューテーラー」と称される

【1994年】

MEN’S EX創刊

1994

【1990年代後半】

クラシコイタリアブームが起こる



[MEN’S EX Autumn 2025の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)

2025

VOL.347

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