デイリーユースにはクーペよりスパイダーがいい

限られたメディアを招いてのインターナショナル試乗会はイタリア・サルディーニャ島南部の静かなリゾートで開催された。筆者に与えられたスパイダーはレッドメタリックにトーンの沈んだ赤い幌というフェラーリらしい個体だった。
パワートレーンはクーペと全く同じで、最高出力620ps/最大トルク760Nmの4リッターV8ツインターボエンジンに8速DCTを組み合わせたもの。メーカー公表値の加速スペックはほとんどクーペと変わらない。つまり、かなり速い。
事実、オープン状態で右足を踏み込んでいけば、あっという間に100km/hに到達する。風を感じるから、その速さ感はクーペと変わらないどころかそれ以上だ。爆音ではないけれど、V8ツインターボのエグゾーストノートが耳に心地よい。
ウィンドディフレクターがよく利いている。サイドウィンドウも立てておけば、けっこうな速度域まで車内への風の巻き込みを防いでくれる。頭頂をサラサラと風が撫でる感じだ。
乗り心地もクーペより良くなったように思った。前輪のつっぱり感が随分と薄れていたからだ。前足の動きにしなやかさがあって、扱いやすいと思わせてくれる。デイリーユースにはクーペより断然スパイダーの方がいい。

ワインディングロードに攻め込むといっそう顕著に扱いやすいと思えた。リアクションが極めて自然でかつ正確だし、気持ちいいと思えるレベルにまで達している。目を三角にして走らせずとも、のんびりとステアリング操作をして気持ちが昂るスポーツカーなんて他にない。
絶対的なパフォーマンスだけがスポーツカーの楽しさではない。空と風と緑を感じつつ、自在に操っている感覚そのものを楽しむ。誰かと何かを競うのではない。自身と機械との対話を嗜む、とでも言おうか。走らせ方にもまた成熟した大人のセンスが求められるクルマなのだ。
思えばローマのコンセプトはドルチェ・ヴィータ(甘い生活)だった。スパイダーにおいて、そのコンセプトは極みに達したと言っていい。
文=西川淳 写真=フェラーリ 編集=iconic