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「居て、聴いて、語る」
浅利慶太氏から聞いた最も大事な教え

 今日ご紹介するこの言葉も、劇団四季が意味するところを説明するというより、多くの一流俳優の演技を間近に見て、説得力のある言葉を発するとはどういうことなのかを体感した人間の気づきであり、その後プレゼン指導をするにあたって自分なりに解釈・昇華したこととお考えください。

 まず、「居て」について。

 浅利先生は、俳優には「何者かになってやろう、いい演技を見せてやろう、そういう欲が常にあるもので、まずはそれを取り去らないと良い演技はできない」と言っていました。その役に「なる」のではなく、その人間としてただそこに「居る」。その場で1人の人間として生きることにただ集中すること、その場で起こることに生身で向き合うこと。それが演技の出発点です。

 プレゼンの場合はどうでしょうか。企業研修などで寄せられる多くの悩みが、「人前に立つと緊張するんです」というものです。緊張する理由を解きほぐしていくと、たいていの場合は、「普段とは違う自分を見せなければならない」「自分を良く見せたい」という欲に行き当たります。それは「失敗してはならない」というプレッシャーにつながります。

 それでは緊張して当然ですし、本番で起こり得る色々な事態に柔軟に対応することが難しくなります。まずはありのままの自分でいようとすること。自分はこんなもんだよ、そう割り切ること。それが大事です。

 また、失敗を恐れず、ありのままの自分で「居る」ためには、入念な準備が必要です。舞台で言えば、その役に求められることを完全に会得し、不安のない100%の状態で初日の舞台に「居る」こと。

 冒頭で私のセリフが飛んだ話をしました。そのときに何が起こったか。近くにいた先輩の俳優が、私の次の言葉を、私にしか聞こえないように、間髪入れずつぶやいたのです。空白の時間帯は、私には恐ろしく長く感じられましたが、観客にはわからなかったくらいの短い間でした。

 彼女は「公演委員長」という、カンパニーをまとめる立場にありました。責任ある立場として、すべての役のすべてのセリフを頭に入れ、瞬間的に引き出せる状態で舞台に臨んでいたということなのです。

 プロはそこまでの準備をするものなのか——。私は自分のことで精いっぱいで、とてもそのレベルでの準備はできていませんでした。驚嘆するとともに、甘さを痛感した出来事でもありました。

 プレゼンに置き換えると、「つまり何が言いたいか」をとことん考えて自分の言葉で話せるようになっておくこと、事前のリハーサルを不安がなくなるまでやっておくこと。本番と同じ時間をとり、できるだけ同じ環境で10回も通して稽古を行えば、不安はかなり解消されるでしょう。「稽古は裏切らない」これも劇団で学んだ言葉です。

台本通りに語ることより
「聴く」ことが大事

 次に、「聴いて」。

 多くの人は、俳優の仕事と言えば「台本を覚えてその通りに語ること」と思うかもれません。演劇を始める前は、私自身もそういう認識でいました。しかし、それより先に来るのが「聴く」ことなのです。

 人間の営みにおいて1つの言葉が発せられるには、必ずそれまでの流れや状況、誰かの言葉があります。必然に突き動かされ、出てくるのです。「聴く」には「心」という文字が入っています。相手のセリフがどんな「心」持ちで語られているのかを感じ、それに反応することでしか、生きた言葉は語ることができません。だからこそ、全神経を集中して「聴く」のです。

 俳優が、自分の都合で、自分の生理のみに従ってセリフを語るならば、たとえどんなに声が良くても、どんなに抑揚がついていても、単なる棒読みにしかなりません。誰にも向き合っていない言葉だからです。言葉が生きていないのです。

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