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初めてのギャラでパリで買ったアディダス、そして憧れのスタン・スミス……
思春期に憧れながら叶えられなかったものが、大人になって実現しようとする原動力になる。

中井貴一さんのスニーカー
(手前から):俳優になって初めてのギャラを手に、パリで購入したアディダスのハイカットタイプ「センチュリー ハイ」。/2番目:高校時代に憧れ、今も一番よく履くのがアディダスのスタン・スミス。20年以上前に購入したもの。/3番目:アディダスのステファン・エドバーグモデル。テニス用に’80年代に購入。/奥:「当時最高のテクニックを持っていて、試合中に悪態をつくのでも有名だった」名テニスプレイヤー、イリ・ナスターゼのシグネチャーモデル。これも’80年代のもの。

名テニスプレイヤーが履くシューズへの憧れから始まったスニーカー遍歴

学生時代、体育会テニス部に所属していた私にとって、憧れのスニーカー=世界のトップテニスプレイヤーの履くテニスシューズでもあった。私がテニスを始めた1970年初期は、まだまだ市販されているテニスシューズの数は少なく、日本製でいえば、「Onitsuka Tiger」。輸入品よりも手頃で、機能性もよく、我々学生の大の味方であった。

当時、テニスウェアは、白以外は不可。必然的に靴も、ほとんどが白となるわけである。ちなみに現在でも、ウィンブルドンの試合では、全ての選手が、襟付き白のウェア上下でプレーをしている。当時を知っている私には、その頑なな精神が清々しく、テニスの原点に戻っているような気がして「全英オープン万歳!」なのである。

革製のテニスシューズが履けるのは、世界のトッププレイヤーの特権のような時代。我々は、キャンバスシューズが主であった。現在の様にハードコートではなく、クレーコートという土のコートが殆どであったため、当然のごとく、キャンバス地に砂が入り込み汚れる。先輩達からは、靴のソールのヘリ、汚れが酷いのは、フットワークが悪いせいと揶揄され、テニスではなく、アシニスだと思えと教え込まれた(テニスは手よりも足を使え、つまり手ニスではなく足ニス、という意味なのだが……)。

この頃に、私が憧れていたプロの一人が、オーストラリア勢の活躍の中で、輝いていたアメリカの選手、スタンレー・ロジャー・スミス、即ちスタン・スミスその人であった。現在の、スニーカーブームも、この人の靴から始まったと言っても過言ではないだろう。今の若い子たちは、スタン・スミスは靴の名で、人の名前だとは思っていないかもしれない。

現在のように、テレビでのテニス中継などはほとんど無かったため、本屋へ行き、申し訳なかったが、テニス雑誌を穴があくほど立ち読みさせてもらった。プレーもさることながら、何といっても、靴がよかった!シンプルだが洗練されており、かかとの緑がポイントとしてしっかり主張し、足が実にスマートに見える、テニスシューズの名品。彼が現役で活躍していたときから約半世紀経った現在も、スタイルを変えず、多くの人に好まれていることが、その証であろう。その後、マッケンローのナイキ、ボルグのディアドラなど、挙げればきりがないほどの名プレイヤーと名シューズのコラボレーションが注目を集めることになるのだが、スタン・スミスがそのさきがけであったことは間違いない。

思春期に憧れながら叶えられなかったものは尾を引くもので、これが「大人になり、自分でお金を稼げるようになったら、絶対実現を……」という「やる気」に直結するのである。私にとって「若い頃の我慢は、未来への投資」と言っても過言ではない。そんなわけで、初めて頂いたギャラで購入したものは、スニーカーであった。

第1回の好貴心でも書いたのだが、もう30年ほど前、大学を卒業して俳優を職業に決めた頃、ブルターニュ地方でクルマのCM撮影を行なう前に、初めて訪れたパリ。そこで、まずなによりもやらなければならない!と心に決めていたミッションは、スニーカーをゲットすること。もちろん憧れ続けていたアディダスの革製のスニーカーだ。スニーカーのショップに行ってみると、あるわあるわ、フランス製のアディダス! その中でも一際目を引いたのが、ハイカット仕様のバスケットシューズだった。当時の日本では、商品そのものはおろか、ネット社会でもなく商品情報は乏しく、そんなアディダスのスニーカーが存在していることさえ知らなかった(もしかすると私だけ知らなかったのかもしれないが……)。

私はかすかに手を震わせながら、その白いハイカットを手に取った(のだと思う、今となっては定かでないが……)。そして心の中でこうつぶやいた、「長い!そしてカッコいい!」。感動のあまり、そんな単純な感想しか出てこなかったことは、微かに記憶に残っている。俳優として得た初めての報酬に相応しい”宝物”を手にした僕は、その満足感を胸にブルターニュでの撮影に臨んだのだった。

>>後編へ続く

[MEN’S EX 2018年2月号の記事を再構成]
題字・文/中井貴一 撮影/熊澤 透、若林武志 ヘアメイク/藤井俊二 構成/まつあみ 靖

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