[ブランド学/4]
ラルフ ローレンはなぜ世界を魅了し続けるのか
ラルフ ローレンは、なぜ世界でこんなに愛されるのだろうか?人種も年齢も超えて心を掴む、その普遍性の源へ。アメトラを長年描き続けた綿谷 寛さんに、その理由を聞く。
POLO RALPH LAUREN(ポロ ラルフ ローレン)
1967年、ラルフ・ローレン氏が「ポロ」の名でネクタイを売り出し創業。翌年、メンズブランド「ポロ ラルフ ローレン」を始動。米国東海岸のアイビー的カジュアルと英国流の上品さを融合した世界観が特徴。
トラディショナルを描き続けてきたイラストレーターが見るラルフ ローレンの世界とは?
シティからウエスタンまで
どれも“ラルフ”らしいと思わせる世界観がある──綿谷さん
イラストレーター 綿谷 寛さん
1957年東京生まれ。’50年代アメリカの黄金期を彷彿とさせる正統派ファッションイラストを得意とする、日本を代表するイラストレーター。愛称は“画伯”。
自由な感性を持つトラディショナルの革新者
ME 長くアメリカントラッドのファッションイラストを描いてこられたかと思いますが、画伯はラルフ ローレンをテーマにした作品を今までどれくらい描いてこられたのでしょう?
画伯 もうたくさん描きすぎて実際の点数までは覚えていないのですが……。でも昔は、ラルフ ローレン ジャパンの社員研修用の冊子のイラストを描いたことなんかもありますよ。
ME ラルフ・ローレン氏ご本人とお会いしたことはありますか?
画伯 さすがにお会いしたことはないけれど、ある機会にイラストを見てもらえて褒めていただいたことはありました。ちょっとした自慢です(笑)。
ME 思えばラルフ ローレンが日本に上陸したのは’70年代半ばですが、画伯が画業をスタートしたのもほぼ同時期の’70年代後半。当時はどのような印象を持たれたのでしょうか?
画伯 当時は僕もいろんなトラッドのブランドを描いて練習していましたけれど、ラルフ ローレンの登場は結構衝撃的でしたよ。まず、スタイリングが新鮮だった。それまでのアメリカントラッドというと、アメリカ東部のアイビー的なアイテムだけで構成されていましたが、ラルフ・ローレンはデニムやウエスタンブーツを履いていた。
ME デニムやウエスタンというと、アメリカ西部のアイテムですね。
画伯 ラルフ・ローレンは、東も西も含めてアメリカのヘリテージとなるものをまとめて“アメリカントラディショナル”と定義づけたんです。そしてそれを自由な感性でミックスした。
憧れの世界に形を与えるコンセプターとしての力
ME だからこそ、ラルフ ローレンは他のトラッドブランドにはない、唯一無二の世界観があるように見えるのでしょうか?
画伯 そのように見えるのは、おそらくラルフ・ローレンの“コンセプター”としての能力が秀でていたからじゃないでしょうか。
ME コンセプターですか?
画伯 あるいは、“夢に形を与える力”と言ってもいいかもしれませんね。ラルフ・ローレンのブランドの世界というのは、ある種、彼が憧れて愛した“夢の世界観”がファッションという形によって具現化されたものなんじゃないかなと思います。
ME それは例えば、どのような世界観があるのでしょうか。
画伯 ダブル アール エルでいうと、イメージされているのは古いアメリカの雑貨店の世界観。ウエスタンもデニムも、たばこも工具も看板もごちゃ混ぜに置かれた古い雑貨屋をコンセプトに、そこに合うアイテムを展開していますよね。それから、ウィンターシーズンに登場するノルディックセーターを着たようなスキールックは、ヨーロッパの昔の上流階級のホリデーをテーマにしている。昔の写真でゲイリー・クーパーが雪山で休暇を楽しんでるものがあるけれど、そんなシーンをイメージしているんじゃないかな。
’80年代の半ばに登場して話題になったサファリ スタイルも、かつてヨーロッパの上流階級で流行したアフリカ旅行のレジャーがテーマになっている。まさに映画『愛と哀しみの果て』(1985年)の世界ですね。そしてなんといっても、ラルフ・ローレンが最も憧れていたと言われている、パープル レーベルのような英国上流階級のドレススタイル。
ME このように挙げていくと、他のブランドでは考えられないほど多彩なシーンや世界観がありますね。考えてみると、レーベルだって他のブランドでは考えられないぐらいたくさん展開されています。
画伯 そしてスキーからサファリまで全く違うシーンでも、一目見ただけでラルフ ローレンらしさを感じ取ることができるのがまたすごいですよね。
独創的な世界観でも人種を問わず愛される理由
ME でもここまで個性的な世界観で構成されていたら、顧客になる人は絞られてくるものではないでしょうか? しかしラルフ ローレンほど世界でファンを持つブランドはないかと思います。街を歩けば子供から大人まで、性別問わずにポロシャツやニットを着ている人を見ることができます。
画伯 それがまたすごいところなんです。憧れの世界を形にする、といっても、その世界を忠実に再現するわけではないんです。あくまで、ラルフ・ローレン本人のフィルターを通した憧れの世界が形になっているんですよね。例えば、ラルフ ローレンは映画『華麗なるギャツビー』(1974年)で衣装提供をしていますが、よく見るとその服のディテールは、物語の舞台となった1920年代当時とは少しずつ異なっているんです。
ME ラルフ・ローレン氏のフィルターを通して、ファッションへと昇華したものになっているんですね。
画伯 そう。でもみんな『華麗なるギャツビー』の服装と言われて一番印象に残っているのは、あのラルフ ローレンの衣装ですよね。
ME リアリティを保ちつつも、多くの人を惹きつけて憧れを共有させるようなパワーがあるのでしょうね。
画伯 そういう力があるからこそ、世界中で愛されるビッグブランドになれたのではないでしょうか。
ME まさにコンセプトをファッションに昇華する力ですね。
画伯 それに、他民族国家であるアメリカで生まれたからこそ、さまざまな人種や宗教の人でも受け入れてもらえるように、実はディスプレイなどにもかなり気を配っている。
ME 言われてみれば……。クリスマスのようなシーズンでも明らかに特定の宗教がわかるモチーフは使用していませんし、ルックもいろんな人種のモデルを起用しています。そういう配慮がきちんとできるというのも、世界中で受け入れられる理由ですね。
画伯 そしてなにより、このような世界観をあれだけ大きな企業規模のスタッフたちと共有できているということに驚かされます。商品を企画するデザイン部門はもちろん、売り場のスタッフまでラルフ ローレンらしさをしっかり共有できていないと、あの世界観は作り上げられませんよ。
ME 確かに、ラルフ ローレンのお店に足を運ぶと、どのスタッフさんもラルフ ローレンらしいスタイルがしっかりと確立されていますよね。
画伯 これほどの力強いコンセプトや世界観を作り上げられる人は、ファッションの世界にはいないですよ。同じような力を持つ人を強いて挙げるとすれば、ウォルト・ディズニーぐらいではないでしょうか。
ME そういう意味では、やはり唯一無二のブランドですね。服だけじゃなくて、その先にある夢を与えてくれる。だからこそ世界中が魅了されるのではないでしょうか。
[MEN’S EX Autumn 2025の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)
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