ファッション誌が語らないカラヤンの格好よさ
ファッション誌ではあまりスポットが当たりませんが、個人的に大好きなのがカラヤンのスタイル。その魅力をひとことで表すなら“デリカシー”でしょうか。たとえばダブルコートの胸元にあしらった巻き物も、華やかに崩すのではなくきっちり端正に巻く。街を歩くときには、シングルブレストのコートにネクタイを締め、足元だけスエード靴を合わせてエレガントに寛ぐ。
“首元の巻き物使いに注目です”
当時はフォーマルとカジュアルの間が今よりもずっと細かく分かれていて、スーツやジャケットスタイルの中にも“スポーティ”という位置づけがありました。そんな機微をカラヤンは見事に表現していると思います。彼はリハーサルのときにニットポロを着ていたのですが、本番以外でも“仕事なんだからせめて襟つきの服を”という気持ちがあったのでしょう。このデリカシー、忘れてはいけないと思います。
“最高にエレガントな街歩きスタイル”
【 COLUMN 】
洒落者日本人の裏番長!? 知る人ぞ知る、志賀直哉の洒脱
ファッション誌が語らない隠れた洒落者は日本にも存在していた! 白樺派の代表格・志賀直哉である。「志賀はスーツスタイルも非常に洒落ていて、特筆に値するスタイルを備えた人物だと思います。史料には彼が綿と思しきスポーティなコートを着てキャスケット帽をかぶり、セーターを肩に巻いている写真があるのですが、これが素晴らしい。セーターの片袖だけをコートの胸元に突っ込んでいるのは、無作為に見せかけた計算でしょう。ステッキもいい味を出していて、彼にしか醸し出せない雰囲気を放っています」
中込さんが思う、「コートが似合う男」の秘密
俳優、作家、音楽家、アーティスト、服飾業界人、そして名も知らぬ市井の人々……肩書きは関係なく、私が心惹かれる「コートが似合う男」たちには共通点があります。それは、彼らのパーソナリティと服が一体化し、作為という灰汁(あく)を感じさせない自然体の魅力を放っていること。
しかし、あたかも無造作であるかのような装いの裏には、他人には見せない試行錯誤が必ずあると思います。モンタンや志賀直哉もきっと、襟の立て方やセーターの肩掛けを一人こっそりと研究していたはず。自然体の粋は、努力なくして生まれないのです。
鏡の前ではさんざん迷いながら身だしなみを整え、それでいて一歩外へ踏み出したあとはまるでその過程の一切を忘れ去ってしまったかのように振る舞う。そして次の日、また鏡の前で悩む。この繰り返しで、自分自身と服が少しずつ一体化していくのではないでしょうか。
その試行錯誤はいうなれば、作為の向こう側にある無頓着に辿り着くための、長い長い旅路なのです。
“作為の向こう側にある無頓着”こそ、コート姿の終着地───中込憲太郎
談・中込憲太郎
Profile
Kentaro Nakagomi
「コヒーレンス」や「オルビウム」などを手がけるクリエイティブディレクター。俳優、作家、芸術家など様々な文化人のライフスタイルに通じ、その博覧強記ぶりでパリ、イタリア、NYなど世界中のバイヤーから多大な尊敬を集めている。
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[MEN’S EX Winter 2024の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)