【森 万恭のライフフォト・エッセイ】#由緒正し…そうな上着/#足袋のようにフィットする靴

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デザイナー/フォトグラファー【森 万恭のライフフォト・エッセイ】
気に入っている物を纏うこと、使うこと。

実は“こだわり”と言う言葉があまり好きではない。偏愛的な? マニアックな? と言うイメージが先行してしまい、なぜ? どうして? と問われても説明が難しいからだ。それよりも気に入っている……好きだ……と言ってしまった方が話が早い。気に入っている物を纏っているとワクワクし、少々自信も備わる。そして好きな器で食すれば、さらに美味しく感じ、好きな道具を使えば扱いも仕事も丁寧になる。言わば良いこと尽くめで日常も豊かになる。

バブアーのゲームフェア ジャケットとオールデンのアルゴンキン オックスフォード
バブアーのゲームフェア ジャケット、オールデンのアルゴンキン オックスフォード(モディファイラスト)

由緒正し……そうに見えてしまう上着

僕のパリでの定宿は16区、メキシコ広場から一分とかからない場所にあったが、特にこのエリアが気に入っていて、’80年代後半から十年位は出張のたびにお世話になっていた。すぐそばにトラッドスタイルのボトムス専門店があり、斜向かいには英国製紅茶専門店のごとくニット、エルベ シャペリエのナイロンバッグしか置いていない店があり、ヴィクトル・ユーゴー通りに出れば、ジェイエムウエストンの本店(旧)があるなど、いわばパリの山手地区で上品な地域だ。日本で言えば保育園児の帰宅行列のような大学生の登下校をよく目にしたが、大半がオイルドジャケットを着ていた。

あえてバブアーと言わないのは、その類いと言う意味で他のコピー品も交っていたからだ。ファッションアイテムとは縁遠く雨の多いパリでの一人一着的な単なる上っ張りで、いずれにせよ山手地区の大半が着用となれば、これは上品なものと潜在的に心に刻まれた。そして日本でのアウトドアイメージは僕の中で一新した。

’90年代に入るとイタリアでバブアーが大流行するが、それに限らず英国趣味やトラッド志向のものがもてはやされ始める。スピーガ通りの端っこにある“FAY”は、トッズのドライビングシューズ、オリジナルのファイアーマンコート、アクア ディ パルマのコロンなどに絞り政策的な仕掛けで流行を生み出すが、バブアー流行の起点はどこにあったのだろう? 元よりミラノでは“ERAL55”や“B.D. Baggies”、または名もない英国とアメリカのアウトドアウェアを扱う小さな専門店などでは見かけることがあったが、SNSもない時代なので、多分ピッティ・ウォモなどの見本市で有名な洒落者たちが束になって纏うなど……の仕掛けがあったのかも知れない。そして最も大衆的なトラッドショップのボッジなどで大々的に売り出される頃には、“バブアーを所有しないと洒落者ではない”という辺りまで来てしまう。着こなしとしてはスーツに羽織るのが特にカッコ良く、僕は今でもこのスタイルがとても好みだ。

基本は通常丈のビデイルだが、僕は併せて着丈の長いゲームフェアが気に入っている。現在は資本も経営体制も変わっているが、高密度でスクエアな素材ゆえの鉤裂きやポケットの破れなど以前はレザーを当てての補修サービスがあったが、可能であれば続けてほしい。英国で祖父から譲り受けた破れたバブアーを丁寧に補強してオーナーに返した物を何着も見ているので。

足袋の様にフィットする靴

’80年代初頭、六本木にパリのエミスフェール、日本での一号店がオープンした。かねてよりオールデンのローファーは愛用していたが、そこでVチップを初めて見た様な気がする。と言うのは、当然ヤコブセンモデルの名称やその由来については知っていたが、どこで見たかは定かではなく、エミスフェール=Vチップの潜在イメージがそう思わせたのかも知れない。ともあれこの時点では所有しておらず、’80年代後半に初めて購入し、以降はスーツスタイル中心に今でも愛用していて、あえてこの文章で伝えること自体おこがましいが好きだから言いたい。まるで足袋だ。しかし足袋は長時間歩行には向いていないが、こちらは全く疲れない。

まだスマホが普及していなかった頃、パリのファッションフェアで大手の輸入衣料販売店のバイヤー軍団が業務連絡用のトランシーバー片手に漏れなくこの靴を履いていた光景を思い出す。リーバイス501から英国のフォックス社やバルベラ社素材のスーツまでベストマッチな靴はそうそうない……いや、今後も出てくる訳ではないので唯一無二となる訳だ。土踏まずを持ち上げるような感覚は堪らない。

【 Photo & Story 】

デザイナー/フォトグラファー 森 万恭氏

森 万恭さん
Kazuyasu Mori
東京・新宿生まれ。1977年にベイクルーズの立ち上げに参加。その後、退職するが復職後、エディフィス、エクアション パーソネルなどのブランドを手掛ける。’98年に(株)ワールドと契約しドレステリアを立ち上げ、服のデザイン、ショップの内外装設計や家具デザイン、バイイングコーディネート等を手掛ける。“最後は写真……”と決めていて2016年に契約を破棄し現在は写真家として活動する傍ら、アパレルデザイン、インテリアデザインも継続。好きな言葉は「丁寧」。ワイルドフラワーをこよなく愛す。ポケットビリヤードA級・スリークッションビリヤード4段、ヴィンテージ・ビリヤードキューのコレクター。
Instagram / @mori_photography


次回は……【#ひとつしか選べないならば……】

[MEN’S EX Autumn 2022の記事を再構成]

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