リアウイングのない衝撃的デザイン
約1年前に9X8が、パンデミックのためにオンラインでヴェールを脱いだ時は、衝撃的だった。エンジン搭載位置辺りまで含めたリアエンド周りが異様に低く、パワートレインの存在そのものが希薄でさえある上に、現在のWECマシンでは必ず備わっているはずの、リアウイングがなかった。それでいて「グリ・セレニウム」と呼ばれるボディカラーに蛍光イエローグリーンのアクセントは、メタリックでこそないが、ほぼ同時期に開発され欧州では昨年より市販されている508プジョー・スポール・エンジニアードと、見事に韻を踏んでいた。
「開発当初は、空力エンジニアのチームが手がけたスケッチと、デザインチームが仕上げてきたスケッチの、2種類がありました。いずれのスケッチにもリアウイングはありましたよ。でもテクニカル・ディレクターのオリヴィエ(・ジャンソニー)と空力エンジニアのチームが、リアウイングがなくても十分なダウンフォースが得られることが分かったから、ならば高い位置に重量物を背負う必要はない、ということで省いてしまおうと」
プジョー9X8のディテールをチェック!(画像5枚)
9X8が魔術的でインテリジェントでもあるのは、この“あって当たり前”のリアウイングを必要とせず、取り払うことができた点にある。他のどのマシンにも似ていないシルエットに、プジョーであることを示す3つ爪の灯火は、フロントLEDヘッドランプだけではない。3連の空力フィンのように並べられたリアランプは、リア周りの空力パーツの一部として処理されている。ハイマウントのウイングは略されたとはいえ、尻すぼみに下げられたボディラインと左右フェンダー上の巨大フィン、ディフューザーと隣り合うほど近いリアエンド全体が、ショートウイング的な造形でもある。徹底的に独自だが、機能パーツとして美しくまとめ上げられている。空気を切り裂くのではなく、空気をとり込んで流し去るというエフィシェンシーの新しい考え方が、具現化されているのだ。
しかもLMHカテゴリーはフロア下をもフラットにする必要がなく、フロントセクションから採り入れられた空気の流れは一部を除き、9X8はホイールベース間のボディサイドから、掻き出してしまう。ボディ内の空力トンネル内側は、ディンプル効果で整流を安定させるため、溝が切られており、複雑な形状に加工を施すより、3Dプリンタで成型しているとのことだ。
ちなみにコクピット上のエアインレットは、パワートレインに吸気を送り込むためのもので、リア上面に並べられたエアアウトレットは、排気口となる。キャビン両脇後方、リアフェンダーのフロント側の穴の奥にはラジエーター2基が据えつけられ、500kW(680ps)に上限が定められたV6ツインターボのハイブリッド・パワートレインを最適化マネージメントする。
このV6ツインターボは挟角90度の2.6リッターで、新開発だが、シトロエン・レーシングでWRCやWTCCを闘った1.6リッターターボと同じボア、カム・プロファイルを用いている。さらにトランスミッションでは、とくにエネルギー回生のカギを握るリデューサーには、フォーミュラEに参戦中のDSからのフィードバックが少なからず投入される予定という。
いわばプジョー・スポールは、908Blue HDi FAPがワークス活動を止めて以来、11シーズンぶりに戻って来るとはいえ、さほどブランクがあるわけではなく、必要なノウハウも体制もすでに揃っている。今回、各部門のエキスパートが働くアトリエは一切、撮影禁止で車両以外は撮れなかったが、プジョー・スポール内で最新の施設にも立ち入ることができた。
それはシミュレーション部門だった。908のコクピットを流用したシミュレーターには、すでに9X8のデータが運用されており、設計データに基づく入力値であらゆる煮詰めが行われているという。7人のワークスドライバーも、すでにシミュレーターを経験し、あとは年内に実車のシェイクダウンを待つのみ。
「トヨタが相当いいレベルにまで到達していることは明らかだから、2022年の我々はまったくのチャレンジャーとして臨むつもり」
とはいえ過去のル・マン24時間を含む耐久選手権において、プジョーは復帰する度に結果を残してきた。WECへの復帰初年を、プジョーがどう面白くするか、要注目だ。
文・写真/南陽一浩 編集/iconic











