右足の力の軽い出し入れだけで精密機械の真髄を味わえる

足元は程よく引き締まっている。イタリア産12気筒クーペあたりに比べると、低速域ではわずかにダブついたスーツを着ている感じがなくもないけれど、乗り心地の悪化はほとんどない。速度を上げていくにつれてクルマとの密着度が増していき、次第に大きささえも忘れてしまう。
そもそもDB11はグランドツーリングカーとして生まれた。AMRというレーシーなサブネームがついてもその事実に変わりはない。挑発的な名前と内外装のディテールにもかかわらず、ドライバーの気持ちを決してせかさず、淡々と走り続けることもできるのだ。

特に、回転を抑えてクルージングしているときのさえずるようなV12サウンドが頭に染み入って心地いい。路面からのショックと振動は増幅させることなく上手にいなされている。筋肉質であることを感じながらロングドライブはラクだ。あまりの心地よさに眠気を誘われたなら、ドライブモードを切り替えてみよう。ひと踏みで咆哮が轟き、目が覚める。ロングドライブ後には、絶対的な所用時間はいつもとさほど変わらないというのに、「今日は早く着いたな」という爽快な気分を味わうことができた。
V12サウンドをもっと劇的に楽しむならば、高速道路を降りてワインディングロードを目指そう。早朝の、誰も走っていない山道にV12サウンドを響かせる喜びは何モノにも替えがたい。目を三角にして走らせる必要などまるでない。右足の力の軽い出し入れだけで、フレキシブルでスムーズな精密機械の真髄を味わうことができるのだから。
もちろん、一生懸命走らせても楽しいクルマである。そこはAMRをわざわざ名乗ったのだから当然だ。リアの踏ん張りは頼もしくなったし、前足のツキも改善された。街中とは打って変わって全体的に引き締まった印象になる。
コーナーに向けてノーズを沈み込ませ、そこから思い通りのラインを辿ろうとすれば、やや遠まわりしながらワイルドな手応えを残しつつ曲がっていく。スムーズではない。どちらかと言えば無骨な方だ。それでも手に負えないという感じがしない。だからこそ出口では「踏んでやろう」という気になる。アストンマーティンの基本は確かにGTなのだが、ひとたびドライバーの心のスイッチが攻めの気持ちに入ったなら、なかなか取り組みがいのあるスポーツカーへと変身するのだった。

美しいクーペの象徴というべき英国の老舗ブランドは、今後、ミドシップカーに注力するらしい。将来の電動化も踏まえたそれはプランなのだろう。そう考えればなおさら、今のうちにフロントエンジンの12気筒モデルに乗っておきたいというのがクルマ好きの人情というものだ。典型的ともいうべきロングノーズ&ショートデッキの破綻なきクーペスタイルを堪能しながら、V12サウンドを心ゆくまで奏でて走る。
内燃機関時代の最後に選ぶべき古典派GTスポーツカーの一台だと言っていい。
文/西川 淳 写真/タナカヒデヒロ 編集/iconic