自動車の大先輩を見習い、目指すは70歳でバリバリのスポーツカー！
羽仁昭和55年に、今の場所で会社を始め、365日24時間、一生懸命やって、芽が出てきたのは25、26歳から。高度成長期のモータリゼーションの波が来たんです。
中井その後、自動車学校やタクシー会社の経営もされていますね。
羽仁親父の自動車練習所は継がないで閉めたんですが、自動車販売業は景気に左右されて不安定だということがわかってきて、たまたま20代半ばの頃、売りに出た自動車学校を買ったんです。親父には嫌味を言われましたが、その後も自動車学校を数校買収しました。タクシー会社は、昭和51年に最初のを買って、今、タクシー会社を数十社持っています。バブルの頃は、周りから株やゴルフ場を買え買えと言われましたが、自動車だけ買っていました。他の人たちは、売り替えるものばっかり買って、気が付いたら全部なくなっている。でも、自動車は全部残っていますから。買った自動車は、1台も売っていません。
中井今では何台くらいに？。
羽仁会社、自宅、工場と自動車学校の車庫と合わせて、5,600台。子どもの頃から、何でもかんでも欲しくなる性分で、身近に好きなものがないと落ち着かない。あのとき買っておけばよかったと思うと、イライラするんです。
中井特に愛着のある車は？
羽仁全部いいですね。まあ、ロックフェラーが持っていたデューセンバーグ、キャロル・シェルビーから彼の自宅で直接買った黒のコブラ・427、キャデラックのV16ロードスター、ティファニー氏のブガッティとか、そのへんは別格です。全て完璧に動くようになっているんです。
中井以前、鹿児島空港までベンツ300SLのガルウィングで送って頂きましたが、あの車は小さな三角窓しか開かない。ETCがない頃で、高速の料金所では……。
羽仁降りるか、マジックハンドを使うしかない（笑）。
中井それが今はETCが付けられるから、安心してこの車に乗れる時代になった。ツールの発達とヴィンテージカーが、いい形で融合できている例だと思うんです。羽仁 こっちが必要だな、欲しいなと思っていることに、時代がだんだんついてくるんですね。中井 でも、ツールがヴィンテージを壊してしまうことも多いでしょう。例えば、パワーウィンドウがヴィンテージカーについてたら、アウトじゃないですか。
羽仁そうですね。絶対必要な、基本的なものだけあればいい。
中井電気自動車も進んできていますよね。東日本大震災があったときに、それまで電気を当たり前のように使ってきましたが、「そうじゃないんだ」ということに気付かされた。でもツールはどんどん電気化されていく。このままだと何かが起こったときに、全員が生活できない状態になることもありうる。最近の車も一緒で、これはいらないと思うようなシステムが、いっぱいついていますよね。
羽仁最近の自動車はコンピュータが死んだら、復活できない。
中井昔の車って、走ること、運搬すること、つまり人間にとって必要なことを手助けしてくれる原形が詰まっていた。それ以上のことは、人間の力でやらなければいけないと思うんです。僕がヴィンテージの車に惹かれるのは、そこなんです。僕は羽仁さんに、古い車で、なるべくシンプルなのがいい、とお願いするんです。そこが車の全てで、フォルムの美しさが、憧れのベースになっている。だから、その憧れと、走るということさえあってくれれば、僕の中の車はもう完成なんですよ。
羽仁自動車というものの基本はそこなんです！
若い頃の憧れを、具現化できる人がどのくらいいるだろうか……。羽仁さんは、その稀有な人の一人であろう。
さて私はといえば、28歳のとき羽仁さんにお願いして、仕事用の車としては、とてもありえない、BMW M6という車をチョイス。日本に残っている新車2台の内の1台。製造は既に終わっていたマニュアル、スポーツモデルだったのだが、迷わず選択した。約12年に亘り愛用。仕事に行くときも殆ど自ら運転。ロケのときも、この運転席で何度ロケ弁を食べたことか。炎天下のロケの後は、どれだけ睡魔と闘いながら帰途に就いたか（笑）。
次の車に乗り換えた際、そのM6は、鹿児島の羽仁さんの会社の車庫に保管して頂くことになり、今回、久しぶりの再会を果たした。色々な思い出が、昨日のことのように思いだされ、取材終了後、もう一度この車に乗ろうと、羽仁さんに、オーバーホールをお願いした。歳を増すごと、免許を返上するまで、より乗りこなすのが困難な自動車をチョイス出来るかが、私にとっての健康のバロメーターであり、仕事へのモチベーションになるであろう。目指すは、70歳で、バリバリのスポーツカー！
羽仁さんのコレクションは質量ともに、驚異的というほかない。［MEN’S EX 2018年8月号の記事を再構成］ 題字・文／中井貴一 撮影／熊澤 透 ヘアメイク／藤井俊二 構成・文／まつあみ 靖
