>> この記事の先頭に戻る

手編みのニットを着用した池田哲也さん
一見すると普通の地味なカーディガンだが……。

手編みニットの究極がこれ

「10年ほど前、ボローニャのパスタ学校に通っていたことがあって、同じクラスにカルピ出身(※1)のおばさんがいたんです。このおばさんは、ニット工場の経営者で有名ブランドのサンプルを専門に作る仕事をしている人でした。彼女は日本の島精機(※2)の展示会にも足を運び、最新技術も知っている。にもかかわらず、『セーターは人間が編んだものが一番。最初から最後まで手で編んだものに機械編みは敵わない』、『手編みはあったかいし、かっこいいわよ』と言うのです」

※1 イタリア共和国エミリア=ロマーニャ州の都市
※2 島精機製作所は和歌山県が本拠地の横編み機を主力とする機械メーカー。名だたるニットメーカーが同社の編み機を採用し、世界的に知られている。

もともと手編みのニットが好みではなかった池田さんにとっては、彼女の私見はすぐに同意しにくい話だ。しかし、時間を経て今回のカーディガンを入手し、彼女の言っていた手編みが、こういうものなのだろうとわかったという。ポイントは編み目。よく見れば胸周りと腰のあたりで編み目の密度が極端に変えられているのだ。

手編みニットの寄り
肩や胸周りはシャツが透けるほど目が粗く、腰は逆に目が詰まっている。「プロポーションをよく見せることを追求した一着です。家庭のニッティング技術なので、このカーディガンが商業ベースに乗ることはないでしょう」。さらにいえばボタンは黒蝶貝なので、上質なものとして作られたのは間違いない。

池田さんが博物館級と評したニット

池田さんによれば、ジャケットの場合は胸周りの丸みを出すために芯地を入れるが、ニットの場合は目を粗くすることで胸元の立体感を表現する効果があるのだとか。それでいて、縁(Vゾーン)部分は編みの密度を変えて形を保つ工夫がなされているというから驚きだ。

「これは残しておく必要があります。もし、イタリア服飾博物館なんてものがあれば、収蔵されるような品だと思いますよ。イタリアの手芸店には大体、手芸クラブがあるんですよ。お店には会員さんが作ったものが並んでいることがあります。このカーディガンは1970年代から80年代頃に日本の旅行者が、そうした店で買ってタンスにしまい込んでいたものではないでしょうか。あまり着られていた形跡もないので、価値は理解されていなかったはず」

手編みニットの脇の寄り
両脇の下に穴が開いていた。これは傷みではなく、初めからそのように編まれたもの。おそらく脇下の通気を目的にしたもので、市販のものではまず見ない手の込みようである。
ごく一部ではあるがヴィンテージタイを拝見した。(左から)日本製の生地を使っていると池田さんが鑑定した英国のセイヤー&セイヤー。ウンガロのタイは緩みにくいクレープ生地を採用している。小紋柄でやや太めなのがハロルド パウエルのタイ。個性たっぷりの右端のタイはイタリアの老舗ブランドのもの。

ごく一部ではあるがヴィンテージタイを拝見した。(左から)日本製の生地を使っていると池田さんが鑑定した英国のセイヤー&セイヤー。ウンガロのタイは緩みにくいクレープ生地を採用している。小紋柄でやや太めなのがハロルド パウエルのタイ。個性たっぷりの右端のタイはイタリアの老舗ブランドのもの。

(左から)ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、マリオ・ヴァレンティーノ、ブランド名不明

(左から)ヴァレンティノ・ガラヴァーニ、マリオ・ヴァレンティーノ、ブランド名不明

イタリア老舗ブランドのヴィンテージタイを絞めた様子。「芯地と仕立てで表情が生まれるのが締めると分かります。生地と芯地の組み合わせ方、シェイプがとても推敲されていて、このタイはすごいと思う」。

イタリア老舗ブランドのヴィンテージタイを絞めた様子。「芯地と仕立てで表情が生まれるのが締めると分かります。生地と芯地の組み合わせ方、シェイプがとても推敲されていて、このタイはすごいと思う」。

ジャンフランコ・フェレのタイ。細やかな幾何学模様が特徴だ。

ジャンフランコ・フェレのタイ。細やかな幾何学模様が特徴だ。

セイヤー&セイヤーのナロータイ。タグには「BOND ST, LONDON」と「MADE IN ENGLAND」の表示がある。「コレクションのなかで一番すごいタイです。日本の生地を使っていますね。プラザ合意以前は日本のシルク生地産業は海外に進出して評価されていたのです。プラザ合意(※)で日本の競争力が失われて、製糸工場の多くが廃止に追い込まれました」<smart>※1985年に日本を含む先進5か国で行われた、ドル高是正に向けた国際会議。合意の影響で日本は急激に円高が進み、輸出力が弱まった。</smart>

セイヤー&セイヤーのナロータイ。タグには「BOND ST, LONDON」と「MADE IN ENGLAND」の表示がある。「コレクションのなかで一番すごいタイです。日本の生地を使っていますね。プラザ合意以前は日本のシルク生地産業は海外に進出して評価されていたのです。プラザ合意(※)で日本の競争力が失われて、製糸工場の多くが廃止に追い込まれました」※1985年に日本を含む先進5か国で行われた、ドル高是正に向けた国際会議。合意の影響で日本は急激に円高が進み、輸出力が弱まった。

イタリアの老舗ブランドのタイは非常に凝った生地を使っている。先述のマリオ・ヴァレンティーノのタイ同様に、決まった位置に柄を載せる贅沢な生地使い。さらに、ブランドのモノグラムが織り柄でさりげなく全体に散りばめられている。織りと染めを駆使した点を、池田さんは高く評価。

イタリアの老舗ブランドのタイは非常に凝った生地を使っている。先述のマリオ・ヴァレンティーノのタイ同様に、決まった位置に柄を載せる贅沢な生地使い。さらに、ブランドのモノグラムが織り柄でさりげなく全体に散りばめられている。織りと染めを駆使した点を、池田さんは高く評価。

1970年代から80年代に掛けて、一世を風靡したアイテムにミラ・ショーンのタイがあげられる。意図的にネクタイの縁を無地の枠にして柄を囲む意匠は当時の人気定番だった。「柄にシルクスクリーンのよさが出ています。生地を贅沢に使っていて、仕立てにも正確さが求められます」。残念ながら、左のものは酷使されたらしく、芯地がズレて縁が太くなっている。

1970年代から80年代に掛けて、一世を風靡したアイテムにミラ・ショーンのタイがあげられる。意図的にネクタイの縁を無地の枠にして柄を囲む意匠は当時の人気定番だった。「柄にシルクスクリーンのよさが出ています。生地を贅沢に使っていて、仕立てにも正確さが求められます」。残念ながら、左のものは酷使されたらしく、芯地がズレて縁が太くなっている。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニのヴィンテージタイ。目を凝らすと一番幅の太い部分の左寄りに控えめに入ったロゴが見える。つまり、これも採算を気にせず、ロゴが定位置にくるよう生地を贅沢に使ったものなのだ。

ヴァレンティノ・ガラヴァーニのヴィンテージタイ。目を凝らすと一番幅の太い部分の左寄りに控えめに入ったロゴが見える。つまり、これも採算を気にせず、ロゴが定位置にくるよう生地を贅沢に使ったものなのだ。

ライニングがなかったため、1050円で購入した英国老舗のコート。「英国老舗のコートは、年代、サイズに関わらず、見つけたら買うようにしています」。

ライニングがなかったため、1050円で購入した英国老舗のコート。「英国老舗のコートは、年代、サイズに関わらず、見つけたら買うようにしています」。

新品未使用のボノーラ。「2000円くらいだったかな? 90年代初めごろのものでしょうか。今はこういう良い革がありませんよね。サイズは38で小さすぎました。自分のサイズだったとしても履きはしないけれど、置物として持っておきたい」。

新品未使用のボノーラ。「2000円くらいだったかな? 90年代初めごろのものでしょうか。今はこういう良い革がありませんよね。サイズは38で小さすぎました。自分のサイズだったとしても履きはしないけれど、置物として持っておきたい」。

英国調を得意とする日本の某テーラーのスーツ。ハリソンズの生地を使ったスリーピースが1050円。「生地と仕立てがいい。ベストも毛芯を使用しています。きっとオーダー価格は楽々と20万円を越えていたでしょう。あまり着た形跡がなくて、パンツもキレイな状態です」。

英国調を得意とする日本の某テーラーのスーツ。ハリソンズの生地を使ったスリーピースが1050円。「生地と仕立てがいい。ベストも毛芯を使用しています。きっとオーダー価格は楽々と20万円を越えていたでしょう。あまり着た形跡がなくて、パンツもキレイな状態です」。

  1. 2
3
LINE
SmartNews
ビジネスの装いルール完全BOOK
星のや
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram
  • LINE
pagetop