知的で素敵なLUXURY LIFE 50の実例
膨大な情報に溢れる現代。経験と知識をどう得て、賢く楽しむか? を、衣食住遊~学・整まで、50の実例に。日常に“光=LUX”を与えてくれる新しい価値観をぜひご覧ください。
[実例36/学]
ラグジュアリーの価値観をアップデートする

服飾史家・作家 中野香織さん
紳士服やラグジュアリー文化を中心に、研究、著述、教育を行う。『「イノベーター」で読む アパレル全史 増補改定版』(日本実業出版社刊)6月20日発売。
「ブランドで飾るメンタリティではなく、職人技とその土地の思想に価値が見出され始めました」── 中野さん
かつて豪華絢爛の代名詞だったラグジュアリー。しかし近年、その価値観に大きな変化が起きている。表層の贅沢を超えた「本質的な豊かさ」とは何か? ラグジュアリー研究の第一人者、中野香織さんに、その最前線を伺った。
「ラグジュアリーは知覚されるものなので時代ともに変化します」と切り出した中野さん。
「その歴史を紐解くと、まず中世ヨーロッパにおける王侯貴族/教会の権威型があります。一般庶民に贅沢を禁じて、貴族や位の高い聖職者だけに許された権威の象徴としてのラグジュアリーの時代です。次に愛妾経済型。貴族が宮廷の意中の女性(多くは婚外恋愛)に贅沢品をプレゼントすることで、モードのサイクルが生まれ、経済活動が活発化したフランス革命以前の宮廷におけるラグジュアリーの世界です。さらに産業革命期に台頭した英国における紳士型。ここでは高品質な製品を所有するだけではなく、TPOに応じていかに扱うかを知っている教養が求められました」。
その後、重要な転換点となるのが「1984年」と中野さん。この年、フランスの実業家であるベルナール・アルノー氏がクリスチャン ディオールを擁する企業を買収。続けてアルノー氏はLVMHを興し、さまざまなラグジュアリーブランドを傘下に収めて、ラグジュアリー分野の複合企業体を形成していった。つまり、我々の多くがイメージする、ラグジュアリーのイメージは、約40年間で構築されたものというのが中野さんの指摘である。
「現代の西洋型ラグジュアリーは、過去のこうした時代の遺産をヘリテージとして利用しています。一方でラグジュアリー業界は2015年に大きな転換期を迎えます。SDGsが国際社会で広くうたわれはじめ、ラグジュアリー業界も地球環境や人権、公平な取引や事業の透明性を意識しなくてはいけなくなりました」。
こうした社会の意識の変化に対応したラグジュアリーのあり方はコンシャスラグジュアリーと呼ばれ、新たな価値観として普及した。
そして、コロナ禍の2022年頃から注目されはじめたのがクワイエット・ラグジュアリーだという。これは非常に上質な製品でありつつも、あえてロゴなど分かりやすい記号を打ち出さない、控えめなスタイルを指す。
「それまで世間で流通していた、持っているだけですごい! とする考え方は変化しています。ブランドの記号によって自分を飾るメンタリティは時代にそぐわないと考える人が増えてきました。本質的な上質さを求めることがトレンドとなったのです。その後、パンデミックが一段落したあと、ラグジュアリー市場は一旦は活況でしたが、2024年は中国市場などを中心に、贅沢品市場は停滞をはじめます」。
中野さんによると、その背景には新たな価値観の台頭があるという。
「いま注目されているのは、高度な職人の手仕事や、製品を生み出す地域に根付いた思想です。誰もが持つグローバル化された高級品よりも、ローカルな職人の一点ものに稀少価値があるというわけです。インドやアフリカ、中南米など世界各地でそうした動きがみられます。その点では、日本の工芸の技は欧州のラグジュアリーブランドから非常に注目されている存在。今こそ、ただのお土産物を作るのではなく、職人技とその土地の思想をセットにして、非常に特別なものだと理解してもらうプレゼンテーションが必要です。世界中の大学では、そうしたラグジュアリーマネジメントに長けた人材を育てる教育が行われていますが、日本はまだこれから。今後、日本の文化をラグジュアリーに昇華できる人材が育てば、これからの日本を元気にする種になると期待しています」。
ラグジュアリーの変遷
中世・ルネサンス時代
権威の象徴として贅沢品を誇示
王侯貴族、位の高い聖職者が贅沢を権威の象徴として政治的に利用した時代。贅沢禁止法が制定され、一般庶民の贅沢を禁止することで特権階級のみのラグジュアリーな世界を展開。
18世紀
女性へのアプローチに贅沢品を活用
フランス革命以前のフランスの貴族は有閑階級で、主にお洒落と恋愛に関心が向かった。そんな時代に宮廷の女性に求愛するのに贅沢品をプレゼント。それで経済が回るようになっていた。
産業革命期
贅沢品を扱うにも教養が求められるように
産業革命期、急速に台頭した英国において、紳士はいいものを持っているだけでなく、TPOに応じていかに扱うかが問われた。使い手の教養が贅沢品の世界の中に入り込んだ時代に。
1980年代
ラグジュアリーブランドのコングロマリット化
フランスの実業家ベルナール・アルノー氏がクリスチャン ディオールを擁する企業を買収。まもなくLVMHを設立し、多くの高級ブランドを傘下に収め、コングロマリット化する。
2010年代
新たなラグジュアリーの価値観が台頭
SDGsの普及で人道的、倫理的なコンシャス・ラグジュアリーが誕生。2024年には贅沢品市場が停滞を始めるなどもあり、新たなラグジュアリーの在り方が世界各地で模索されはじめる。
静謐な上質を追求した 飾らないラグジュアリーの先駆
この数年、非常に上質でありながらロゴや華美なデザインで主張をしないクワイエット・ラグジュアリーが認知されてきた。そんな新しい価値観を時代に先駆けて、2005年の設立以来提案していたメゾンがザ・ロウだ。ミニマリズムを追求したそのスタイルは、記号的なラグジュアリーとは異なり、先の時代を見通したクリエイションの先駆者と言える。



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[MEN’S EX Summer 2025の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)