ブリティッシュ ラグジュアリー
その流儀に見る一生定番品のヒントとは
「物のオリジンを理解し正しく扱える教養を備える、そんな知的な営みが英国にはある」
英国では上質な製品を長く使う文化が受け継がれてきた。そのスタイルを表すものとして、ブリティッシュラグジュアリーなる言葉があるのをご存じだろうか。一生定番の本質を理解するにあたり、このキーワードは、ひとつのヒントになるはずだ。とはいえ、その世界観を正しく理解している人は、意外と少ないのではないか? そこで、今回、英国文化や贅沢品の歴史について造詣の深い、中野香織先生に話を聞いた。
まず、定番について尋ねると、次のような意見をいただいた。
「本質だけを備えていて、可能な限り無駄をそぎ落としています。だから、意外とクセがなく、応用が利く。ほかのものを手にすることがあっても、また気持ちが戻ってきて、一生付き合えるもの。それが定番です」。
そして、話はブリティッシュラグジュアリーへ。一般にラグジュアリーと聞けば、非常に贅沢な暮らしや高額な製品を想像するが、それは現代の話である。中野先生の話を聞くと、英国文化のなかで発達したラグジュアリーは、それとは異なる様相を呈していた。
「“ラグジュアリー”は、かつては見せびらかしの消費でした。それが19世紀に入ると知的な趣味が生まれ、煌びやかな世界が陳腐に見えるようになり、ダンディズムが誕生したのです」と中野先生。特に英国では、紳士的な意識改革とともに、知的な嗜みとして、ブリティッシュラグジュアリーが醸成されたそうだ。中野先生によれば、ただ最高品質の製品を所有するのではなく、対象のオリジンを理解しているか? 作り手の技量を見抜けるかどうか? また、シーンに応じて正しく、使いこなすことができるか? といった鑑識眼や知識が、その人物の文化度を計るカギとなった。装いのTPOも、そうして育まれた考え方のひとつだそうだ。
「ダンディズムの世界において、ものの権威に頼ることはバルガー(下品)とされました。とりまく文化に対する知識が求められ、教養とマナーがセットになってブリティッシュラグジュアリーが生まれました。ものの扱い方を見て人柄が問われる。日本の文化でいうならば、茶の湯でしょうか」。
一生定番を考えるにあたり、ただ最高峰の製品を所有して満足するのではなく、その背景を知ったうえで、自身のさまざまなシーンに落とし込んでアジャストさせる。さらに長く使っていくことが、一生定番を愛用するうえで大切なのではないだろうか。
中野先生にうかがったとおり、ブリティッシュラグジュアリーは古いラグジュアリーの考え方が進歩していくなかで誕生したものである。一方、現代ではコンシャスラグジュアリーという考え方が生まれている。
「コンシャスとは“意識している”の意味です。大量に製品を作り、余ればそれらを廃棄する。人権を無視した環境で生産される新疆綿(しんきょうめん)を使用する、文化盗用と思われるデザインを行うといった動きに対して、社会が反対の声を上げています。SNSの発達で、そうした事象が見えやすくなりました。現在、サステナビリティの浸透によって、英国の重厚な紳士ブランドもいまは、政治的立場を明確にして、多様性に配慮するなど、変化しながら、最先端のラグジュアリーであろうとしています」。
注目されているのは、製品そのものではなく、選び方だ。各ブランドの歴史や哲学に加え、現代社会における立ち位置や使命の理解。そのうえで、共感できるものを選ぶ時代へと変化している現状を知っておくべきだろう。
「一生ものを重苦しく持つと古臭く見えてしまいます。それぞれと、自分がどうつながっているか? ブランドの背景を理解し、社会動向を意識したうえで、俯瞰で自分を見て、なぜ好きか? 自分のライフスタイルとどうマッチするか? そんな時代感覚と政治感覚に敏感になる必要があります」。
作家・服飾史家
中野香織さん
ラグジュアリー領域を中心に、研究、著述、講演、コンサルティングを行う。英国のラグジュアリーブランドの団体、ウォルポールの研究、紹介にも努めている。
[MEN’S EX Autumn 2022の記事を再構成]