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映画との蜜月度の高さ

映画との蜜月度の高さで言えば、フランスのドーヴィルも負けていません。クロード・ルルーシュの『男と女』(1966)の海岸シーンが映画を愛する人々の記憶に刻みつけられている上、レ・ブランシュ(木の遊歩道)に並ぶ更衣室用キャビンには、アメリカ映画祭のためドーヴィルを訪れる映画人の名前が毎年、書き加えられています。『男と女』のふたりが過ごしたオテル・ル・ノルマンディーは、撮影に使われたスイートを「男と女の部屋」と名づけています。『華麗なるギャツビー』(1974)にもこの優雅な避暑地が登場します。

映画ばかりでなくファッションにも深い縁があるのがドーヴィルで、なんといってもココ・シャネルが1912年にブティックを開いた土地でもあります。シャネルは海辺で過ごすにふさわしいスポーティーなリゾートスタイルを打ち出し、第一次世界大戦から逃れてくる各国の富裕層の需要を満たして大成功します。濡れた砂の色からヒントを得て、シャネルカラーとなるベージュも生まれます。ここでの成功を受けて、3年後、シャネルはビアリッツにも進出し、その5年後にはロシアから亡命してきた貴族ディミトリ パヴロヴィチと出会い、恋に落ちるのです。

ジョージとアマル、『男と女』のアンヌとジャン=ルイ、シャネルとディミトリをはじめ、避暑地は恋を生みやすいようです。なぜでしょう?もう一組のカップル、コモ湖のヴィラ・デル・バルビアネッロで語り合うジェームズ・ボンドとヴェスパー・リンドの会話を聞いてみましょう。

「あなたは甲冑をつけてしまった」と言うヴェスパーに、ボンドはこう返します。

「甲冑などつけていない。君に脱がされた。ここにいる僕は丸裸だ。丸裸の僕はすべて君のものだ」。

理由を考えるのも虚しく、なんだか暑くなってきました。避暑に行きたいです、わたくしも。

服飾史家/昭和女子大学客員教授
中野香織さん

ファッション史から最新モード事情まで執筆・講演をおこなうほか企業の顧問を務める。著書『「イノベーター」で読むアパレル全史』(日本実業出版社)、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)ほか多数。



[MEN’S EX 2020年6・7月号の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)
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