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書斎を飾る新旧のインテリア(写真5枚)

書斎とは自己表現である。 文=鹿島 茂

フランス文学者 鹿島 茂さん

もう四十年近い昔のことである。郊外の住宅地に新居を構えた友人を訪ねたところ、ご自慢の書斎を見せられて、嫉妬で狂いそうになった。そして、心の中で誓った。いつの日か、人を嫉妬で狂わせるような書斎をつくってみせるぞ、と。

この誓いは数年後、横浜郊外の実家の敷地に一戸建を建てたときに半ば実現した。十六畳の書斎はオーク材のフローリング、壁面はすべて造り付けの本棚にして、アンティークの机の卓面は革張り。椅子もアンティークの籐製で、応接セットはこぶりな地味な色のものを配する。 本棚に置かれているのは全部、私が集めた十九世紀の革装丁の本だから、書斎全体にモロッコ革やシャグラン革の匂いが満ちている。そして本と本の間にはブロンズ製のブックエンドを置く。

参照イメージはバルザックの書斎である。似たような書斎をつくってこれをタイムマシンにすれば、彼が傑作を書いた十九世紀のパリに時間旅行できるのではないかと夢想したのだ。ラスティニャック、リュシアン・デュバンプレなどの野心的な主人公の造形を追体験してみたいと思ったのだ。ことほどさよう「かたちから入っていく」のが私の主義なのである。

かくて書斎をタイムマシンにするというアイディアは実現した。あとはこのタイムマシンを使って時間旅行するだけだ。

だが、金もないのに「かたちから入った」ことの代償は大きかった。「理想の書斎」をつくるのに大借金をしたために、時間旅行するというよりも書斎にこもって書きまくるという「禁固刑」に服さねばならなくなったからである。

しかも、あまりに忙しくなったので横浜と東京を往復する時間さえ確保できなくなり、東京に事務所をつくって仕事場を移す以外、選択肢がなくなった。だが、やがてその事務所も本で満杯になり、新しく書庫を探さざるをえなくなったのだが、そのとき、悪循環を断ち切る画期的な方法を思いついた。横浜の書斎をそっくり移設し、そこをレンタル・スタジオとして一般に開放し、家賃を払ってもらえばいいのではないか!

思いつきはただちに実行に移された。だが、なんというパラドックス! 私はなまじ「理想の書斎」をつくったがために、そこを自分で使うことができなくなってしまったのである。

とはいえ、私はいささかも後悔していない。レンタルしてくれる人が多いということは私の「理想の書斎」が多くの人に受け入れられたことを意味する。つまり、私は「理想の書斎」という「作品」を創造し、「自己表現」に成功したといえるのである。



※表示価格は税抜き
[MEN’S EX 2019年9月号の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)
本棚に鎮座するカミーユ・クローデル作のブロンズ像。パリのアンティーク店で購入。

本棚に鎮座するカミーユ・クローデル作のブロンズ像。パリのアンティーク店で購入。

ヴァンプの蚤の市で購入した黒電話は1920年代のもの。この電話を手にして初めてフランス流アルファベット番号のかけ方が理解できた、と鹿島さん。

ヴァンプの蚤の市で購入した黒電話は1920年代のもの。この電話を手にして初めてフランス流アルファベット番号のかけ方が理解できた、と鹿島さん。

アールデコのデスクランプはもちろん現役。

アールデコのデスクランプはもちろん現役。

飛行船ツェッペリンの模型は「これを作ったメーカーの人が、当時のツェッペリンに関する記事を探しにこの書斎を訪れ、そのお礼にいただいた」と鹿島さん。

飛行船ツェッペリンの模型は「これを作ったメーカーの人が、当時のツェッペリンに関する記事を探しにこの書斎を訪れ、そのお礼にいただいた」と鹿島さん。

発色が美しいビロード張りの一人がけソファ。

発色が美しいビロード張りの一人がけソファ。

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