ものすごい緊張感の向こうにある、”世界でたった一着”を作れる喜び
リュバンスキのビスポークサロンにて。個人宅の居間に通されたような感覚で、最初は緊張気味だった中井さんだが、オーナーのブルーノさんから豊富な襟型の説明を受けたりしながら話すうちに打ち解けていった。これもビスポークの醍醐味だ。1月にパリで『好貴心』のシューティングを行なった際にも、1枚のシャツをオーダーしてきた。訪ねたのはリュバンスキというビスポークサロン。サルコジ前大統領夫人をはじめとするセレブリティや、パリでも一流の洒落者が贔屓にしていることで知られているそうだ。
ここに案内されてまず驚いたのは、いわゆる店舗ではなく、普通に居住している人もいるであろうマンションの1室だったことだ。半信半疑のままドアを開けると、そこにはまさにサロンというほかない空間が広がっていた。センターに大きめのテーブルがあり、それをソファが囲んでいる。贅沢な邸宅の居間に、ちょっとしたディスプレーやサンプルが置かれているような感覚なのだ。ソファの中央に、オーナーであるブルーノ・リュバンスキさんが座っていた。
なんだか息苦しくなるような緊張感に襲われながらも、ブルーノさんと言葉を交わし、彼の経歴やシャツに対する考え方を聞いていると、徐々に気持ちが和んでくる。先代の後を受けて、長年シャツに関わってきた人なのに、自分のシャツはこうだと押し付けるようなところが一切ない。「自分は着る人それぞれの個性が生きるシャツを作るから、あとは自由に着て欲しい」というスタンスに大いに共感することができた。
彼のお薦めに従い、新型だというかなりロングポイントタイプの襟を選び、生地はプレーンな白を選択。日本へ届くのを楽しみにして、サロンを後にした。
今回着用しているのが、そのリュバンスキの白シャツである。用意されていた中ではリーズナブルな生地を選んだのだが、着心地は上々で、妙に納得させられる。またパリに行く機会があったら、是非作ってみたいと思う。
とは言え、海外の名だたるテーラーやサルトに出向いて、ビスポークの注文をするのは、なかなか容易にできるものではない。だからこそ、国内でもっと気軽に、クオリティの高いビスポークを楽しめることを、多くの人に知ってもらいたいと思う。服を作る人とのやり取りを楽しみながら、自分の体に心地よくフィットし、生地や柄も自分で選んだ世界で一着のものが作れる贅沢。しかも価格は既製品に比べてそれほど高額でもない。
家の場合、3回建ててやっと思うようなものができると言われる。ビスポークにも、同じことが言えそうだが、そのプロセスもまた愉しみのひとつだろう。
そもそも日本には、江戸時代から若旦那が呉服屋で反物を見せてもらいながら、あれこれ話をして「じゃあこれでお願いするよ」という文化があったではないか。明治になってそれが洋服に取って代わられ、父の時代まで注文紳士服は隆盛を極め、やがて既製服の時代へと移行してきた。しかしこれからの時代、ビスポークが復権する可能性は高いと私は見ている。