雑味のない極上の甘味と香りを生む、背の高いポットスチルのエレガンス
グレンモーレンジィ蒸留所(ハイランド地方)
スコットランド一背高のっぽのポットスチルが生み出す洗練。驚くほどの甘美と、花束のような香りが吹き抜けるウイスキー。
実直で誠実なスコットランド人が魂を込めた味わいとは?
今回のシングルモルト取材は厳選の2ヶ所である。その偉大なる共通点は一つ、近代のシングルモルト業界で“世界最高のクリエイター”との呼び声高いビル・ラムズデン博士が指揮を執る蒸留所であるということだ。生化学博士という科学者の顔を持ちながら、芸術家さながらのセンスで極限の味と香りのコントラストを生み出し、次々に魅惑のウイスキーを創造する鬼才。まず最初にスコットランドの北端ハイランドの風光明媚なドーノック湾を臨むグレンモーレンジィ蒸留所を訪れた。
入るとほんのりと麦汁の甘い香りが漂い、酒造りの現場を実感する。ここで世界的に知られるのは5メートルを14センチ超える背の高いポットスチル(蒸留器)。これほど高いと軽やかなアルコール蒸気だけがパイプを上り切るので、その結果、雑味のないフルーティーな味わいのエレガントなウイスキーができる。
ところが蒸留所の製造責任者であるエディー・トムさんは「設立時に一番安価だったのが、ジン専用の背が高いポットスチルだったのです。ただ単にコストの問題で、軽いアルコール蒸気だけをすくうという狙いがあったわけではありません」と話す。なんとも素っ気ない。
しかも「ビル(ラムズデン博士)のレシピを守り、醸造段階でしっかりと温度管理をすれば、ウイスキー造りは簡単です」と続けて、グレンモーレンジィの逸品が造作もなく造られていると語る。
だが、この言葉も実直で誠実なスコットランド人の面目躍如だろう。そう、これは真面目で全力を尽くすことが当たり前の人達が、シングルモルト造りに人生の全てを捧げて造る“簡単”なのだ。
蒸留所の後はエディーさんに案内され、ひんやりとした薄暗い樽の貯蔵庫に行った。そこで全くもって当たり前ではない、素晴らしい体験をした。
特大のスポイト(バリンチ)を差し入れた先にあった樽はなんと32年モノのヴィンテージ。その次元を超えたテイストは、陳腐な表現で申し訳ないが、まさに天国の蜜の味。英単語のsweetは、単に“甘い”という意味を超え、人間の深い愛情を示す言葉でもある。例えば愛する人をsweetheartと呼ぶのもその一つ。「あの人はスウィート」と言えば、それは「優しい」「愛らしい」という意味にもなる。
ここで味わった32年モノは、甘味に愛も求める真っ直ぐなスコットランド人が、まさしくとびきりの愛情を注いで造り、膨大な時間をかけて大事に熟成させたものだった。舌の上をなめらかに滑るパラダイス的甘美。そして極上の琥珀色の液体が喉を通った瞬間に鼻腔を抜ける艶やかな花束のような香り。そして心地良くゆりかごに揺られるような陶酔感が続いた。まさに五感を揺さぶるような体験だった。
そんな生涯最高のウイスキーと出会う幸運に恵まれて、今回ばかりは自分の仕事の役得に、心から感謝をするしかなかったのである。
製造責任者
EDDY TOM(エディー・トム)さん
天才ビル・ラムズデン博士の構想を実現する製造責任者。スコットランド男の質実剛健を絵に描いたかのようなエディーさん。ウイスキー造りのディテールをしっかり守り抜く。
エレガントな味わいを生み出すグレンモーレンジィ蒸留所(写真7点)
[MEN’S EX Autumn 2023の記事を再構成]