メーカー謹製の“チューニングカー”
ここ数年に発売されたスポーツカーの中でアルピーヌA110ほど、自動車ジャーナリストや評論家から総じて高い評価を集めている一台もない。業界のジンクスで、試乗記事で評判のいいクルマほど売れない、とは昔からいわれる。逆にモデルライフを通じて売れ方として、最初にドカーンと受注ピークを迎えて竜頭蛇尾に萎んでいくパターンではなく、安定した台数が売れ続けるクルマは、悪くないセンをいっているとは、昔からいう。その数十年後に大事に保管しているオーナーが多数いれば、これ名車というわけだ。もちろん、名車には現役時にふり向きもされなかったようなパターンもあるが。
アルピーヌA110は、現行モデルにしてはこれらの要件をかなり満たしたと思われる。まず2018年の日本市場デビューからはや5年強、昨年2022年にマイナーチェンジを経てからも、コンスタントに販売登録台数は推移している。フランス本国ディエップ工場からの仕入れ次第のところはあるが、毎年、数モデルが打ち出される限定版に至っては、ほとんど瞬間蒸発するほどの人気だ。
ちなみにディエップ工場のA110の生産キャパシティは1日あたり最大でも25台、半導体ショック後はおおむね20台弱で推移しているそうなので、「大量生産品」と呼ぶのが難しいモデルでさえある。しかもボディパーツの96%がアルミ製なので、スチールボディよりブツけた時の修復は面倒でも、腐食やサビには強い。リコールも数回出ているが、エンジン周りを日産のMR系と多々共有する関係上、じつは日本のサプライヤーのパーツで要交換が生じていて、トラブルシューティングは相対的に難しくない。いずれ2026~27年以降と目される次世代モデルはBEV、つまりバッテリーEVになることがアナウンスされている。
そうした状況でアルピーヌA110の新たなカタログモデルとして、レギュラーラインアップに加わったのが、「A110R」だ。とはいえ日本市場への割り当ては今年は14台だったとのことで、限りなく感覚的には限定に近いが。
かいつまんでいうと、A110Rの面白さや分かりにくさは、「ラディカルのR」であって「レーシングのR」ではないことがひとつ。逆に分かりやすいところは、アルミよりもさらに軽いカーボンパーツを、多用してきたところだ。
これまでもA110Sなどでカーボンのルーフパネルをオプション選択できたはずだが、A110Rではフロントのボンネットフードやリアフード、リアウイングやカナードウイング、リアディフューザーといったボディパーツを、カーボンで目いっぱい軽量化している。ちなみに前後でデザインが異なるホイールもカーボンで、供給元はロードバイクのホイールであるマヴィック社と同じデュケーヌ・グループだ。A110S より−34kgの1082kgという数値は、減量幅として些細な34kgと思えるかもしれないが、軽くなっているのは重心から遠い上モノやオーバーハング、そしてバネ下のぶら下がりモノであることに留意されたし。分母がそもそも小さいA110の規模とスケール感では、想像以上にがっつりと効いてくる。
ところが、だ。見るからにアグレッシブなカーボン使いにもかかわらず、エンジンのスペックは300ps/340Nm仕様と、マイナーチェンジ後のA110GTやA110Sとまったく同じ数値のまま。なのに従来モデルに比べ、+500万~600万円の車両価格は1500万円。この辺りが、0→100m/h加速で3秒以内なら何千万円~が相場で、馬力あたりいくら? を弾かずにいられないコスパ脳のクルマ好きには、合点のいかない部分だろう。
というのも、アルピーヌA110はシャシーセッティングの違いというかバランスで売っているスポーツカー。エントリーグレードというかベーシックな「ピュア」は、252ps/320Nmという前期型そのままのエンジン・スペックでコントロールしやすさ重視の「シャシー・アルピーヌ」に組み合わせられる。ツアラー志向の「A110GT」は、シャシー・アルピーヌは共通のまま300psエンジンの組み合わせ。一方で「A110S」は足まわりを約1.5倍、スプリングレートからスタビライザー剛性まで固めた「シャシー・スポール」を採る。車高も4mm低く、週末のサーキット走行会に焦点を当てた雰囲気で、この辺りから少しセカンドカー志向が見えてくる。
対して今回の主題たる「A11OR」の「シャシー・ラディカル」は、3つ目の最新シャシーだ。またかいつまんでいうが、空力抵抗はピュア並みに留めながらも、リアのダウンフォースはSより約35%増し。つまり、より高速域をステージとしつつ、滑らせて操るより駆動力で前へとボディを押し出し速く走らせる、そういう志向のセッティングだ。ちなみに足まわりに関しては、スプリングレートは10%ほどSより締め上げられた。ZFレーシング製の20段階の減衰力調整式ショックアブソーバーを採用し、出荷時は前後とも真ん中の10段階目に設定されている。スプリングストッパーを回すことでさらに20mm、車高を落とすことも可能だ。
いわばA110Rは、これだけアスリートかつサーキット仕様といえるアップグレードメニューをこなしながら、公道走行できる車検対応の市販車として、メーカー謹製の「チューニングカー」である旨を強調する。1年前にグローバル発表された際、アルピーヌ本社の意図で、わざわざ道玄坂あたりの居酒屋街を練り歩くA11ORの姿が、キービジュアルとして使われたが、彼らとしてはチューニングカルチャーの世界的中心地、日本から発信することに意味があった。実際、日本はアルピーヌのグローバル市場で、つねに2位か3位の一大消費国でもある。