ビームスのクリエイティブディレクター、中村達也さんが所有する貴重なお宝服の中から、ウンチク満載なアイテムを紹介する人気連載「中村アーカイブ」の秋冬バージョンをご紹介。「ベーシックな服もアップデートされていくので、何十年も着続けられる服は意外と少ない」という中村さんだが、自身のファッション史の中で思い出深く、捨てられずに保管してあるアイテムも結構あるのだとか。そんなお宝服の第37弾は……?
【中村アーカイブ】 vol.37 / SARTORIA SCALPINO
2002年くらいにスミズーラしたものです。’90年代後半から始まったイタリアンクラシックのブームは、2000年代に入るとその流れがさらに加速します。
KITONやATTOLINIに代表されるハンドメイドのプレタポルテ(既製服)だけでなく、それまではあまり知られていなかった小さなサルトリア(仕立て屋)までが注目され、日本でイタリアのクラシックが空前の大ブームとなりました。
そんな時に服飾評論家の池田哲也さんから「面白いナポリ人が日本に来るのでオーダーしてみないか」とお誘いがありました。
プレタポルテのブランドのスミズーラはすでに経験していましたが、サルトリアのスミズーラは未経験だったので、あまり詳しいことは聞かないまま、ちょっと調子の良さそうなナポリ人に最低限の希望を伝えオーダーしたのがこのジャケットです。
池田さんに詳しい話を聞くと、採寸をするナポリ人はCOSTANTINO PUNZO(コスタンティーノ プンツォ)と言う、ナポリのロンドンハウスで働いていたという経歴の持ち主。そして彼はフィッターで、実際に仕立てるのはFELICE VOSONE(フェリーチェ ヴィゾーネ)という同じくロンドンハウスで働いていた名サルトと言うこと。
当時は次から次へといろいろなサルトリアが雑誌で紹介されていた時期で、正直サルトリアに関するいろいろなウンチクは手前味噌で言ったもの勝ちのような話も多く、実際にオーダーしてみなければわからないという状況でした。
当時でも数十万もするスーツやジャケットをたくさんオーダーできる人は一握りで、なんとなく情報だけが先行する混沌とした時期だったように思います。
英国製のジャケット生地を自分で用意し、彼に渡し採寸してもらったのですが、私がそれまで見てきたイタリアのサルトたちとは明らかに違う繊細な採寸は、ちょっと意外で期待感が増しました。
ディテールと仕様はオーソドックスな3ボタンの段返りで2パッチポケットをリクエストしましたが、肩パッドなしの仕様はなで肩の自分には合わないので肩パッドを入れた方が良いということと、ジャケットなので袖ボタンはナポリ風のひとつボタンをすすめられ、その二つのアドバイスは素直に受け入れました。
数カ月後の仮縫いもかなり繊細で、正直彼のキャラクターから考えると少し意外でした。後々聞いたところによると、フィッターとしての経験がまだ浅かったので、非常に注意深く繊細にフィッティングを行っていたという話を聞き、そういう真面目な姿勢は結果的に私のメンタリティーとは合っていたのかなと思います。
仮縫いから数カ月後、上がってきたジャケットはコンケープショルダーで袖丈はかなり短め、襟はかなり鎌襟で登りが少なく独特な襟作りで、今まで着たことのないバランスのジャケットでした。
それでもそのナポリの土着的なテイスト?を受け入れしばらく着ていましたが、コンケープショルダーだけはどうしても馴染めず、袖丈も短すぎたので、その後補正をしてもらうことになりました。
いま思えばハウススタイルは尊重しながらも自分の美意識はもう少ししっかり伝えるべきだったと思い、良い勉強になりました。
その後ANTONIO PANICO(アントニオ パニコ)やDALCUORE(ダルクオーレ)でオーダーするようになりますが、この初めてのスミズーラは自分の洋服屋人生の中でも非常に勉強となる機会でした。
もう5年以上着ていませんが、久しぶりに着てみようかなと思っています。なんとなく馴染めなかった部分も今なら自分のものにできるかなと思っています。
そして、機会があれば今のフェリーチェ ヴィゾーネの服を着てみたいと思っています。値段が当時の倍以上になっているのがネックですが……。イタリアのサルトリアは本当に高くなってしまいました。軽い気持ちで「作ってみるか」とは言えない時代になりました……(苦笑)。