選ぶには理由がある。そこにその人となりを読み解くヒントが隠れている。リーダーとしてビジネスを牽引する男たちが愛読する本&愛用するメガネから、厳しい競争の中で奮闘する彼らの思考法やビジネス哲学に迫る。
Profile
株式会社松屋
古屋 毅彦氏
1973年生まれ。学習院大学卒業後、東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)を経て、松屋入社。2013年に銀座店がリニューアルする際は陣頭指揮を執るなど、その手腕を発揮し、2018年現在は、同社取締役常務執行役員 グループ政策部・事業戦略室・経理部担当を務める。米国コロンビア大学国際関係・公共政策大学院にて国際関係学修士課程修了。
守備範囲は漫画、歴史小説、ビジネス書
「愛読書を、と言われ、どの本にしたものか悩んでしまいました」そう話す古屋毅彦氏は読書家だ。日々、複数冊を同時並行で読み、その蔵書は数百冊にもなるという。「質感が好きなので、紙の本を求めてしまうのです。どうしても外せないのが漫画。特に『キャプテン』や『スラムダンク』などのチームスポーツものはいい。いつ読んでも自分の理想のチームがそこにあるのです。”どうやって強い組織をつくるか”という私自身のテーマもこれらの作品との出会いが原点かもしれません」
強い組織づくり—。1869年に横浜で開業した呉服店に端を発し、2019年に創業150周年を迎える百貨店「松屋」の創業家5代目にあたる古屋氏は、かねてよりこの課題と向き合い、また、自身の境遇を意識して過ごしてきた。そんな氏が大切にしてい る一冊が思想史学者・山本眞功が編纂した『家訓集』。実は、これには古屋家の家訓も収録されているのだ。
「この本をきっかけに、初めて家訓というものに触れました。先人たちの経験に基づく哲学は深い。時代が違えども、彼らの高い志には学ぶべきものがあるとしみじみ実感させられました」
そう言いながら、古屋氏はまた別の本を手に取った。いかにも読み込んだ跡が認められるそのタイトルは『樅ノ木は残った』。自分の藩を守るためにさまざまな陰謀と戦う忠義の人物を描いた、山本周五郎の不朽の名作である。手にしたのは20代後半、まだ銀行員として働いていた頃のことだ。
「職場の先輩に勧められたんです。くだけた飲み会の席だったにもかかわらず、その表情があまりに真剣だったので、直感的にこれは読むべきだと思い、書店に走りました。結果的に、私にとって運命の一冊になりましたね。脈々と受け継がれてきたものを守り抜く。そして、自らを犠牲にする。そんな主人公に心から共感したのです」
いつかは家業を継ぎ、激化する競争に生き残るべく切磋琢磨する。小説で描かれる藩という組織に、恐らく古屋氏は「松屋」を重ね、そこに自分の姿を見たのだろう。
その後、氏は銀行を退職し、松屋に入社。専門店事業を拡大したり、銀座店がグランドリニューアルする際の陣頭指揮を執ったりと、力を発揮するわけだが、ここではアメリカにおける製造業復活の原点になったと言われているビジネス書『ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か』と、サービスとホスピタリティの違いを説く『おもてなしの天才 ニューヨークの風雲児が実践する成功のレシピ』が役立つことになる。
サービスは技術的、ホスピタリティは感情的
「今はモノよりコトの時代と言われている。でも、我々が売っているのはモノ。ですので、そのモノを買うことで得られる豊かさをしっかりご提案していくことが大事」と古屋氏は熱弁をふるう。
確かにそうかもしれない。今の世の中においてはモノを早く、そして、安く買う方法はいくらでもある。プロパーの価格でモノを売る百貨店は付加価値で勝負することが求められていくだろう。
「私は、常々、サービスとホスピタリティは違うものだと思っていて、その持論をよく部下に話して聞かせていたんです。つまり、サービスは機能、ホスピタリティは感動してもらうためのものである、と。まさにそれが『おもてなしの天才〜』には端的に説かれていました。また、『ザ・ゴール』からは効果的なオペレーションを学びました。質の高いホスピタリティを提供するにあたっては、いかに人を配置するかといった采配が肝になることは言うまでもありません」
そうして古屋氏は自らのメガネに手をやり、言葉を継いだ。
「私がメガネに気を遣うようになったのは松屋に入ってからのこと。銀行時代はとにかく真面目に見られることが重要でしたが、いわばモノの目利きである百貨店で働くからには、なんでもいいではなく、自分の選択に、ある程度、こだわりを持っていた方がいいと思ったんです。気に入ったのがアラン ミクリ。デザインにさりげなくウィットが利いていて、作り手の意思を感じさせる。美しいものづくりに惹かれる私の好奇心が揺さぶられるのです」
さりげなく遊び心を取り入れたセルフレームで自分らしさを表現
現在、古屋氏が稼働させているメガネは6本ほどで、そのすべてが「アランミクリ」。メガネをファッションアイテムの領域に押し上げた先駆的なブランドだ。「遊び心の取り入れ方が自然で上品。嫌味がないからスーツとの相性もいいんです」。(古屋氏)
BOOK
本の中に描かれる普遍性を
自らの人生や仕事に応用する
GLASS
第一印象を変える最適なアイテムは
メガネをおいてほかにない
ぱっと見は控えめにしてカラーリングに技あり
スクエア型の黒いフレーム。遠目からはいかにもベーシックなメガネに見えるが、実は、フレーム上面が白く、角度によって表情が異なるのだ。「洒落っ気も表現できるし、株主総会のような正式な場にも意外と馴染む。万能です」。(古屋氏)
[MEN’S EX2018年05月号の記事を再構成]
撮影/岡田ナツ子 取材・文/甘利美緒 イラスト/佐藤 剛