京都の建築といえば、江戸時代以前の歴史的建造物や寺社仏閣のイメージが強いが、実は近代モダン建築の宝庫でもあるのだ。
去る11月1日(土)~9日(日)、京都に現存するモダン建築を一斉公開するプロジェクト「京都モダン建築祭」が開催された。2022年に始まり、今年で4回目を迎えた本イベントは、普段は見学できない明治から現在までに建てられた優れた建築の門戸を開き、「もうひとつの京都」を体感できる貴重な機会として年々注目度を高めている。
戦災や震災の被害が少なかった京都には、近現代の建築が多く現存し、その一つひとつに街の記憶や営みが刻まれている。そうした建物を“生きた文化財”として未来に受け継ぐため、所有者や建築関係者の協力のもと会期中にはガイドツアーなど多彩なプログラムが市内各所で展開された。
2025年は過去最多となる129件が参加し、来場者数は延べ7.1万人に到達。前年の1.5倍近い来場者数を記録した。ここでは「京都モダン建築祭」の中でも特に注目の集まった建築を紹介したい。
大丸ヴィラ
大丸初代社長・下村正太郎氏の邸宅として昭和7年に竣工。日本各地に優美な西洋建築を残した米国出身の建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ率いるヴォーリズ建築事務所が手掛けた英国チューダー様式の住宅で、外に柱や梁を見せるハーフティンバーやレンガ壁が特徴。下村正太郎は、屋敷を建てる前にロンドンを訪れた際にリバティ百貨店の外観に惹かれ、自邸を建てる際の参考にしたそう。
外壁にはレンガを貼り、室内にはレンガ風の泰山タイルを貼っている。豪奢な玄関ホール、幾何学模様の天井を備えた居間、重厚なマントルピースを持つ食堂など、内部空間も見どころが多い。下村家の溢れる財で具現化した究極の私邸だ。通常は完全非公開ということもあって、今回の建築祭では見学の応募が殺到した。
先斗町歌舞練場
芸妓や舞妓が歌舞を披露する先斗町の象徴「先斗町歌舞練場」を特別公開。劇場建築の名手・木村得三郎による設計で、水平ラインを強調した外観や蹴上のレリーフタイル、スクラッチタイルなどにフランク・ロイド・ライトの影響が見て取れる。装飾陶板やボーダータイルを用いた“なまこ壁”風の意匠も印象的で、当時は「東洋趣味を加味した近代建築」と称賛された名建築だ。最近では、映画『国宝』のロケ地としても話題となった。
東華菜館
四条鴨川で圧倒的な存在感を放つ「東華菜館」。前身は西洋料理店「矢尾政」で、二代目店主がビアレストランへの刷新を構想し、ヴォーリズ建築事務所に設計を依頼。大正15年、スパニッシュ・バロック様式の洋館として生まれ変わった。ヴォーリズは、大学や教会など美しい建築を多く残したことで知られるがレストラン建築としては東華菜館だけ。魚やタコ、ホタテなど食材モチーフのテラコッタが覆う玄関、極彩色の天井が広がる食堂、イスラム調の塔屋など、細部まで見応えがある建築だ。
特に見どころのエレベーターは、かつて日本橋三越百貨店に同じ様式の古いエレベーターがあったが、それが現役を退いて以来、現存するエレベーターとしては日本で最古となった。建物の管理は、所有者の一族が行っているが、定期的な修繕にも大変な手間がかかる。歴史的価値、意匠の美しさを継承する難しさを、西洋と東洋が交わるこのレストランからひしひしと感じる。
京都市役所
バロック、ロマネスク、イスラムなど異なる様式を巧みに融合した、“関西建築界の父”武田五一監修による庁舎建築。昭和初期を代表する堂々たる一棟で、重厚な玄関ホール、ドラマチックなバロック階段とステンドグラス、曲線が印象的な「市会議場」、さらに戦後の庁舎には見られない「正庁の間」など、京都という都市の多文化性を象徴するかのように多様な意匠が共存している。
東本願寺視聴覚ホール
東本願寺の地下にホールがあるのをご存知だろうか。境内に潜む大胆な現代建築。近代建築家・亀岡末吉が設計した菊門と大寝殿の間の地下にあり、地上の伝統的な殿舎群とは対照的に内部はラディカルでモダン。コンクリートの神殿を思わせる空間に、サーベルのような光を放つ金属装飾やトップライトが奥行きを与える。キリンプラザ大阪、植田正治写真美術館などを手掛けたホストモダン建築の旗手、高松 伸の世界観を体感できる空間だ。
話題になった建築は他にも!
1928ビル
ザ・ホテル青龍
京都国立博物館 明治古都館
国立京都国際会館
島津製作所 創業記念資料館
「京都モダン建築祭」開催期間中は、対象建築に何度でも入場できる「建築祭パスポート」や、専門家が案内するガイドツアーを活用することで、街に点在するモダン建築の魅力により深く触れられる。とりわけ、建築祭に合わせて普段は一般公開されていない名建築が特別に門戸を開く点は、このイベントならではだ。年々盛り上がりを増す「京都モダン建築祭」は、寺社巡りだけでは捉えきれない“もうひとつの京都”を知る旅として定着しつつある。2026年の展開にも注目したい。
お問い合わせ先
京都モダン建築祭
https://kyoto.kenchikusai.jp/





