ビームスのクリエイティブディレクター、中村達也さんが所有する貴重なお宝服の中から、ウンチク満載なアイテムを紹介する人気連載「中村アーカイブ」。「ベーシックな服もアップデートされていくので、何十年も着続けられる服は意外と少ない」という中村さんだが、自身のファッション史の中で思い出深く、捨てられずに保管してあるアイテムも結構あるのだとか。そんなお宝服の第54弾は……?
【中村アーカイブ】 vol.54 / エーボンハウスのホームスパンジャケット
1983年に叔父からプレゼントされたものです。当時成人式にはネイビーのスーツにレジメンタルタイと言うスタイルが定番で、成人式に合わせて親がスーツを買ってくれるというのが習わしのような時代でした。
洋服好きだった私は成人式にネイビースーツを着る気もなかったので、何を着ようか考えているうちに成人式が近づき、当時持っていた安物のネイビーブレザーにLEVI’Sの501を合わせ、BIGMACのシャンブレーシャツにレジメンタルタイ、足元はBASSのローファー、マフラーはストライプのスクールマフラーという、当時のファッション誌が提案していたようなカジュアルとドレスのミックススタイルで成人式に参加しようと思い、そのコーディネート一式を持って新潟に帰省しました。
帰省すると母親にいくら何でももう少しきちっとした格好をするように言われ、新潟の洋服屋を見て回りますが気に入るものはなく、最後に叔父が営むメンズショップに行って叔父のおススメのジャケットでフルコーディネートしてもらいました。そして、成人式のお祝いとしてプレゼントされたのが、このジャケットです。
当時すでにBEAMSっぽいスタイルが好きだった私にとって、ウエストシェイプがしっかり入ったブリッティッシュ風のツイードジャケットは少し堅すぎる印象もありましたが、叔父がすすめてくれたオックスフォードのラウンドカラーのシャツにイエローのウールのストライプタイというコーディネートは、もともとトラッド好きの私にとって、とても洒落たコーディネートに感じました。
パンツはネイビーのフランネル、足元はブラウンスエードのクレープソールのチャッカブーツを叔父から借りて成人式に参加しましたが、当然のことながらホームスパンのジャケットを着てスクールマフラーを巻いている成人は私しかいなく、かなり浮いていたことを今でも覚えています(笑)。
成人式以来このジャケットに袖を通すことはなかったのですが、その後’90年代になると英国調のブームが来て、このようなウエストシェイプが入りチェンジポケットがついているツイードジャケットがトレンドになると、成人式に着たこのジャケットが英国調のジャケットとの初めての出会いで、叔父のコーディネートも素晴らしかったことに気づくことになります。
その後、バイヤーになりBEAMS Fのオリジナルのジャケットやスーツの企画や生産に関わるようになると、モデリストでIACDE(国際衣服デザイナー協会&エグゼクティブ)の会員でもある柴山登光氏と出会い、一緒にBEAMS Fのオリジナルのスーツやジャケットの開発を行うことになります。
その柴山氏は元AVON HOUSEの技術担当の取締役で、当時このホームスパンのジャケットのモデリングを行い、さらに企画は鈴木晴生さん(現SHIPS メンズクリエイティブアドバイザー)が行っていたことを知ることとなります。
成人式に一度だけ袖を通したジャケットですが、このジャケットにまつわる色々なエピソードを考えると、なんとなく自分の洋服屋人生の中で運命的な出会いだったのかなと思い、これまで断捨離せずに残してきました。
サイズも小さくこの先着ることはないですが、成人式に着た思い出とファッション業界でのキャリアの中で色々な縁を取り持ってくれたこのジャケットは、これからも大切なアーカイブとして残していきたいと思います。