校長先生は本当に鈴木さんを可愛がっていらしたんですね
「先生は『こんなに情熱があって人の何倍も努力するスズキが、日本人という理由だけでカッターになれないと言うのか!』と激怒。『キミはカッターになるんだ。私がそうさせてみせる』とおっしゃいました。そして、陰で8ヶ月にわたってフランチェスコ スマルトに交渉を続けてくださったんですね。そのおかげで、たまたまスマルトのヘッドカッターが入院によって2ヶ月不在のタイミングに『スズキを試してみるか』と話が進んだのです。試験をパスし、私はスマルトでは日本人初のカッターとなりました」。

フランチェスコ スマルトについて教えてください
「私はスマルトに在職中、5年間で3500着以上の型紙を作りました。スマルトの顧客リストには世界中の超V.I.Pが名前を連ねています。特に前モロッコ国王は年間1000着を約40年間注文していました。ジャン ポール・ベルモンド、シャルル・アズナブールといった俳優や歌手。アラブの国王やプリンス、大富豪たち、アメリカの大統領も顧客リストに名を連ねていました。創業者のムッシュウ スマルトの技術は群を抜いて凄いものでした。どこを説明したら、その技術レベルの高さが伝えられるでしょうか。例えばラペルの型紙一つとっても一般的なテーラーとは比較にならないものでした」。
「襟型の場合、通常多くのテーラーでは3種くらいを基本としているのに、スマルトには120種類以上の襟型がありました。たくさんあるのが凄いのではなく、その細かな襟型の違いを縫いで、きちんと表現できる技術力が素晴らしいのです。またムッシュウ スマルトは美意識が非常に高い方で、美しいものに対しての探求心が非常に強い方でした」。
「スマルトのアトリエは、カッティングも縫いも技術レベルが飛び抜けて高く、日々驚くことばかり。アラブの王族から100着単位での注文が日常的に入ってきていました。アラブ諸国のお客様は最新・最高級の服地を求められます。スーパー240s、スーパー280sといった、普通のテーラーではまず縫い上げられないほど難しい生地も当たり前のように仕立てていました」。
コラム:鈴木さんのアトリエの様子を紹介。 (写真3枚)
鈴木さん自身の撮影による画像でアトリエの雰囲気をお伝えしよう。