近頃、エグゼクティブの間でますます話題のアート。知識を広げ、ビジネス会話を広げるためには、アートの「用語」にも精通しておきたい。
“エクスプレッション”
孤独感から生まれたムンク独自の芸術性を体感
目を見開き、何かに怯え、口を大きく開いた男。まずその異様さに目が行きがちだが、作品全体をじっくり眺めてみよう。夕焼け雲は血のように紅く染まり、渦巻く水面の曲線は禍々しく、不穏な空気が漂っている。さらに画面を横切る直線の先には人影があり、この男から遠く離れようとしているようにも見える。ここに描かれているのは、ムンクが抱える過去のトラウマとの葛藤、強烈な疎外感だ。彼は近親者との死別、恋人との破局など、人生に起きた事件から感じた心の揺れを、独自の表現で描き続けた。
「表現、表出」という意味で使われるアート用語「エクスプレッション」。その言葉の背後にあるのは思いつきのアイデアではない。何をどのように表現すべきかといった自分への問いだ。ムンクはパリやベルリンなどを旅して19世紀末の文学や思想に触れてはいたが、最後までどの芸術運動にも属さなかった。”いかに生きるか=表現するか”という芸術家が背負う苦悩と、生涯一人で闘い続けたのだ。彼の中に蓄積されていく孤独感。それこそがムンク独自の「エクスプレッション」を磨き上げていったのではないだろうか。「ムンクは鮮烈な色彩とフォルムによって、目に見えない本質的なものを表現しました。本展でぜひ実際の作品をご覧いただきたい」と小林明子学芸員は語る。ムンクが残した唯一無二の「エクスプレッション」を、堪能してほしい。
アーティストはこの人!
エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)
エドヴァルド・ムンク(1863-1944)はノルウェーを代表する芸術家。20世紀へと移り変わる激動の時代に生きる人間の不安と孤独を、象徴的に描いた「叫び」は、今も世界中で愛され続けている。アルコール依存や精神的な病を克服し、40代に大規模な個展を成功。晩年は祖国より勲章を授与され、伝記が出版されるなど、国民的な画家となった。ナチスがノルウェーを占領した1940年に、全作品をオスロ市に遺贈する遺言状を書き、1944年に没した。
若いころの暗い作品とは一転し、ポジティブなイメージが。失恋や病気などの逆境も人生の肥しに
日本初公開の《太陽》は、オスロ大学講堂の壁画制作を機に描かれた。この頃のムンクは、国立美術館に作品が買い上げられるなど、画家として不動の地位を築いていた。その心境を表すような燦燦と輝く太陽を、明るい色彩で描いている。
自画像を描き続け、自分への興味を失わなかったムンク。強い自尊心とナルシシズムの違いを学ぶ
晩年まで自撮りもしていたムンクは、自分という人間に興味を持ち続けた。それは単に自分への興味だけでなく、「なぜこの世に生を受けたのか?」という問い。《地獄の自画像》は40歳のムンク。芸術家として生きる決意と不安が見える。
DATA
『ムンク展—共鳴する魂の叫び』 会期:開催中〜 2019年1月20日(日) 会場:東京都美術館 企画展示室(東京都台東区上野公園8-36) 開室時間:9時30分〜17時30分(金曜日は20時まで。入室は閉室の30分前まで) 休室日:月曜日(ただし、11/26、12/10、24、1/14は開室)、12/25(火)、12/31(月)、1/1(火)、1/15(火) 料金:一般1600円ほか お問い合わせ:ハローダイヤル TEL:03-5777-8600
※表示価格は税抜き
[MEN’S EX 2018年11月号の記事を再構成](スタッフクレジットは本誌に記載)