「好貴心」連載第2回は、パリ後編をお届けします。
本当に沢山のことを教えてくれたパリですが、若き日には、この街で恥ずかしいことや失敗もいろいろと経験してきました。
そんなホロ苦い思い出もいくつか紹介しながら、ファッションやブランドに対して、等身大に接する今の僕自身の気分や、尽きないパリの魅力を少しでもお伝えできればと思います。
スマホやケータイの時代になってもカフェという、アナログなコミュニケーションの場が残っていますね
─18区「カフェ・ラ・ルネッサンス」にて
ファッションが”よそ行き”であってはいけない理由とは?
パリには、そこここに粋なカフェがある。歴史的な建造物を眺めながら、パリの街を散策するのが大好きなのは前回書いたとおりだが、大のコーヒー好きの私にとって、その途中で地域に密着したカフェにフラっと立ち寄るのも楽しみの一つである。
このページの写真は、18区にある「カフェ・ラ・ルネッサンス」。一見よくあるカフェというイメージだけれど、店内をよく見るとベルエポック調の装飾や調度品が味わい深い。「ここはよく映画のロケでも使われるんだ」
カウンターでエスプレッソを頼んでいると、後から入ってきた常連客風のおじさんがそう教えてくれた。するとテーブル席に陣取っていた、別の常連風のおじさんが声を掛ける。「そうそう、タランティーノの映画もここで撮ってたな」
ふたりは顔見知りらしく、にこやかに言葉を交わすと、エスプレッソをさっと飲み干して店外へと去っていく。ありふれたパリの日常。日本でいえば喫茶店というよりも、商店街の酒屋さんみたいなイメージが浮かんできた。ケータイやスマホの時代だけれど、アナログなコミュニケーションの場が頑なに残っている。これもまたパリだ。
30年ほど前に初めてこの地を訪ねたとき、フランスは今以上に頑なで言葉も人も他国の物は受け入れ難いという雰囲気が漂い、地元に密着したカジュアルなカフェに足を踏み入れることさえ、ちょっとした冒険だった。しかし、時間の流れとともに気軽に開けられるようになったカフェの扉。30年前を思い出し、今日はフランスに敬意をはらい(笑)、15年程前にエルメスブティックで求めたジャケットを羽織ってみた。これを着ていると「いいジャケットですね」と言われる。「昔のですよ」なんて照れ隠しを口にしながら、改めてブランドの力のようなものを感じたりもする。毎年新しいものが出てくるのだが、普遍的なデザイン性やクオリティは古びない。ブランドの良さは長く使ってこそ理解できるものだと実感する。
僕は常々ファッションは”よそ行き”であってはいけないと思っている。”よそ行き”になった時点で、特別なものになり過ぎてしまう。日常の中にこそ、オシャレな価値観を持つことが大切なのだ。初めてのパリで、街を行き交う人たちの姿が、それを最初に教えてくれた。
エルメスといえば、若かりし日、ちょっと苦い思い出話がある。最初のパリでアディダスの革製スニーカーを買って満足感に浸ってから間もない頃、仕事でスーツを着なければならない機会が増え、革靴を探していた。すると友人から「ジョン ロブの靴がいいよ」という話を聞かされ、どうせパリに行くのならとフォーブル・サントノーレのエルメス本店を訪れた。聞きかじりの情報で店を訪ねた私はエルメスとジョンロブの関係はおろか、ジョン ロブの何がいいのかもほとんど理解していなかった。そんな若造が、まっとうに接客してもらえるはずもなかった。ジョンロブを手にすることなく店を出た私は、さらに無謀な策に出た。
「ジョン ロブってイギリスが本店らしい……」とこれも聞きかじりの情報で次の移動地がたまたまロンドンであったことをいいことに、セントジェームスストリートのジョン ロブ ロンドンの店に足を踏み入れた。職人然とした店員は、訳の分かっていないヤツが来たことは察しながら、沢山の木型がストックされているスペースに私を招き入れ、「君はどうしたいんだね?」と尋ねてきた。「靴を買いに来たんです」「じゃあ木型を作るかい?」「木型?」「ここでは木型から作るんだ。最初は1足70万円だよ」「エーッ!ほかに売ってる店はないんですか?」「ないね。パリのエルメスに既製靴があるよ」
すごすごと店を後にした私が、初めてジョン ロブ パリの靴を手にするのは、数年を経た後だった。