胸高鳴る新時代のカフェレーサー、BMW「R nineT Racer」に試乗

近年、バイクの世界で大きなトレンドとなっているのが”ネオレトロ”や”ネオクラシック”と呼ばれるカテゴリ。各メーカーに存在する歴史的なヘリテイジモデルを現代の技術で蘇らせたモデルといえばわかりやすいだろうか。かつて多くの人が憧れに胸を熱くしたモデルも、実際に乗ろうと思ったらオーバーホールというよりレストアが必要だったり、重要なパーツが手に入らなかったりと苦労がつきものだが、その雰囲気をメーカーが新車で再現してくれるなら、こんなにありがたい話はない。実際にこうしたネオレトロ系のモデルは人気が高く、国内外の多くのメーカーが力を入れている。

「R nineT」シリーズはBMWがリリースするネオレトロ系の人気モデル。同社のヘリテイジといえば、何といっても”ボクサーツイン”と呼ばれる水平対向エンジンだが、そのエンジンを空冷で蘇らせ、トラディショナルな雰囲気の車体に搭載しているのが特徴だ。 このシリーズが人気を集めているもう１つの理由は、メーカー側がユーザーのカスタムを前提としてマシンを作っていること。そして、メーカー自らもカスタムマシンと呼びたくなるような様々な個性を持ったモデルをリリースしていることだ。スタンダードモデルとなる「R nine Tピュア」に始まり、オフロードテイストを採り入れた「R nineT スクランブラー」「R nineT アーバンG/S」、そしてロケットカウルを装着した「R nineT レーサー」だ。

その中でもひときわ高い存在感を放っているのが今回紹介する「R nineT レーサー」。名前こそ「レーサー」だが、イメージされているのは実際にサーキットを走っていたレーサーではなく、カフェレーサーと呼ばれる1960?70年代にイギリスを中心に生まれたカフェに集っていた街道レーサーだ。つまり、レーシングマシンを模して過激なカスタムを施され、公道でのレースを繰り広げていた文字通りのカスタムマシンをアイコンにメーカーが送り出してきたモデルなのだ。

一見しても随所にカフェレーサーの文脈に沿った装備が見て取れる。ロケットカウルと呼ばれるタイプのカウルに、低い位置に装着されたハンドル、シングルシートなど、かつてカフェに集っていたライダーたちが好んで付けていたカスタムパーツが、メーカー純正で採用されているのだ。ネオレトロ路線のバイクは数あれど、純正でここまでカスタムマシンの雰囲気をまとっているものはなかなかない。この時代のカフェレーサーの雰囲気が好きな人にはたまらない完成度だろう。

BMW「R nineT Racer」乗るとこんな感じ（写真10点）

またがってみると、ライディングポジションもカフェレーサーのそれ。低い位置のハンドルによる強めの前傾姿勢と、高い位置にあるステップでヒザが鋭角に曲がるポジションがやる気にさせてくれる。タンデムを想定していないシングルシートも潔い。

姿勢だけ見ると長距離乗っていると腰に来そうだが、実際にクラッチをつないで走り出してみると予想以上に乗りやすいことに驚く。115馬力を発揮する空冷の水平対向エンジンは伝統を感じさせるレイアウトだが設計は新しくフラットトルクで低速でもギクシャクすることはない。そして210kgという車両重量に関わらず、コーナーでのバンクさせる操作がとても軽やかなのだ。実は、これも水平対向エンジンの恩恵で、通常のエンジンが進行方向に対して縦に回転しているのに対して、このエンジンは横向きに回転している。縦方向に回転しているものは転がっているコインが倒れにくいのと同じ原理で、ジャイロ効果でバンクさせにくいのだが、横方向に回転しているためその抵抗が少ないのだ。

古き良き時代のカフェレーサーの空気を残し、カスタムマシンのような雰囲気を持ちながら大排気量のスポーツモデルとしては意外なほど乗りやすいこのマシン。当時の雰囲気を知るベテランライダーから、初心者やリターンライダーまで安心してオススメできる一度は乗ってもらいたいモデルだ。

文／増谷茂樹