湯煙の町に訪れた、静かなる変革
長野県・野沢温泉村。江戸時代から続く十三の外湯(源泉かけ流しの共同浴場)が今も村民の手で大切に守られ、冬になれば世界最高峰のパウダースノーを求めて国内外のスキーヤーが押し寄せる。伝統的な日本の湯治場文化と、洗練された国際的スノーリゾートという二つの顔を併せ持つこの特別な場所に、今、世界のウイスキー愛好家たちが熱視線を注ぐ、新たなマイルストーンが刻まれようとしている。
温泉街の中心に佇む、かつて村の暮らしを支えた古い缶詰工場。そこをモダンにリノベーションした「野沢温泉蒸溜所」が、世界を驚かせたクラフトジンに続き、満を持して同社初となるシングルモルトウイスキーの一般発売を2026年11月6日に控えている。
「私たちが目指すのは、ただ西洋のウイスキーを日本で作ることではありません。この野沢温泉という土地の記憶を液体に封じ込め、日本、そして世界へ届けることです」
そう語るのは、同蒸溜所の共同創業者であり、全体を統括するリチャーズ・フィリップ氏だ。「未来のジャパニーズウイスキー」はどんな彩りを与えるのだろうか。彼のビジネス哲学と、土地への愛を紐解く。
地元へのオマージュと常識を疑うクラフツマンシップ
野沢温泉の最大の恵みは、山々に降り積もった豪雪が50年という気の遠くなるような歳月をかけて濾過された、極めてピュアな雪解けの湧き水だ。この名水を用い、フィリップ氏率いる国際色豊かなチームは、ジャパニーズウイスキーの従来の常識を疑う革新的なアプローチに挑んでいる。
軟水は、ウイスキー製造において非常に重要で、飲みやすく、甘みのある風味を引き出すのに適している。その結果、野沢温泉蒸留所のウイスキーは、滑らかでありながら複雑な味わいを持つ。さらに、この醸造所の製造方法は独自性に富んでいる。日本のウイスキーではあまり見られないオングレインとオフグレインの融合は、フィリップ氏の独創的なアプローチを示している。この技術により、複層的な風味のバランスを実現し、まさにローカルがグローバルを魅了する要素を創り出しているのだ。
取材を通じて、フィリップ氏は「このウイスキーは単に飲むためのものではなく、地域を愛する気持ちを表現したものだ」と語った。彼の情熱は、製品に込められたストーリーや地元への感謝とも深く結びついている。
最初の1滴は村のために
グローバルな市場で戦える圧倒的なクオリティを持ちながらも、フィリップ氏の視線は常に、目の前に広がるローカル(地域)へと注がれている。その哲学を最も色濃く表しているのが、一般発売に先駆けて2026年9月26日に実施された村民限定のお披露目会「Village Release(ヴィレッジリリース)」だ。
記念すべき最初のファーストドロップ(初の製品ボトル)を、世界や大都市の市場に出す前に、まず野沢温泉村の世帯へと届けた。
「日本の地方において、伝統的な酒蔵は単なる製造業ではなく、地域の農業やコミュニティ、お祭りの中心となる存在でした。私たちもまた、この野沢温泉というコミュニティの一部でありたいのです。村の人々に認められ、愛されて初めて、世界に誇れるジャパニーズウイスキーになれると信じています」
外からのエネルギーである蒸溜所がこれほどまでに地域と共生し、リスペクトを払う姿は美しい。この徹底したローカルへの愛があるからこそ、その液体には深みが加わる。
温泉とスキーだけじゃない、野沢温泉を訪れるべき理由
この秋、野沢温泉は単なる「スキーと温泉の町」から、「世界水準のバーカルチャーを愉しめる大人の聖地」へと完全な進化を遂げる。
フィリップ氏に、この至高のシングルモルトをどのように味わってほしいかを尋ねた。 「まずはストレートで、野沢の50年の時を刻んだ水の柔らかさと、私たちのチームが表現した香りのレイヤーを感じてください。そしてその後は、ぜひこの野沢温泉の地を訪れ、アフタースキーや外湯巡りの後に、地元の素晴らしいバーで、村の冷涼な空気を感じながらグラスを傾けてほしいですね」
昼は雄大な自然の中で汗を流し、夕暮れには湯煙に包まれながら外湯で身体を癒やす。そして夜は、世界を魅了するクラフトウイスキーを片手に、伝統と革新が交差するこの村の夜に酔いしれる――。これほど贅沢な過ごし方があるだろうか。
単なるトレンド消費ではなく、モノの背景にあるストーリーやローカルの美学に共感する。この秋、初のシングルモルトという新たな息吹が吹き込まれた野沢温泉へ、その「未来のジャパニーズウイスキー」を体験すべく、旅の計画を立ててみてはいかがだろうか。そこには、私たちの心を揺さぶる、極上の時間が待っている。
商品名:Barrel Hall Series
種類:シングルモルトウイスキー
発売日:2026年11月6日(金)
容量:700mL
アルコール度数:47%
販売価格:1万3200円
販売先:野沢温泉蒸留所、公式オンラインストア、取扱店等
熟成:3年間
原料:オーストラリア産大麦麦芽
https://nozawaonsendistillery.jp
取材・文/浦山真由美(MEN’S EX編集部)





