ローカルを愛し、グローバルを魅了する。「野沢温泉蒸溜所」初のウイスキー誕生の地を訪ねて

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野沢温泉蒸溜所
缶詰工場の跡地を再生して2022年に誕生した蒸留所。木の温もりを生かしたモダンな建物が、野沢温泉の豊かな自然と美しく調和し、新たなランドマークとして存在感を放つ。

湯煙の町に訪れた、静かなる変革

長野県・野沢温泉村。江戸時代から続く十三の外湯(源泉かけ流しの共同浴場)が今も村民の手で大切に守られ、冬になれば世界最高峰のパウダースノーを求めて国内外のスキーヤーが押し寄せる。伝統的な日本の湯治場文化と、洗練された国際的スノーリゾートという二つの顔を併せ持つこの特別な場所に、今、世界のウイスキー愛好家たちが熱視線を注ぐ、新たなマイルストーンが刻まれようとしている。

温泉街の中心に佇む、かつて村の暮らしを支えた古い缶詰工場。そこをモダンにリノベーションした「野沢温泉蒸溜所」が、世界を驚かせたクラフトジンに続き、満を持して同社初となるシングルモルトウイスキーの一般発売を2026年11月6日に控えている。

野沢温泉蒸留所
野沢温泉蒸留所初のシングルモルト「Barrel Hall Series」。ボトルデザインは、野沢温泉村の伝統行事、道祖神祭りの御神木であるブナの木がモチーフで、樹肌の質感を落とし込んでいる。700ml、47度、1万3200円。2026年11月6日発売。

「私たちが目指すのは、ただ西洋のウイスキーを日本で作ることではありません。この野沢温泉という土地の記憶を液体に封じ込め、日本、そして世界へ届けることです」

そう語るのは、同蒸溜所の共同創業者であり、全体を統括するリチャーズ・フィリップ氏だ。「未来のジャパニーズウイスキー」はどんな彩りを与えるのだろうか。彼のビジネス哲学と、土地への愛を紐解く。

リチャーズ・フィリップ氏
リチャーズ・フィリップ氏はオーストラリア出身。19歳の時にワーキングホリデーで初めて日本を訪れ、大阪大学大学院に留学。金融業界でのキャリアを経て野沢温泉村に移住し、2022年に野沢温泉蒸留所を創業。村の湧き水や森の恵みを生かした蒸留酒造りを通じ、地域の魅力を世界へ発信している。

地元へのオマージュと常識を疑うクラフツマンシップ

豊かな自然を育むブナの森
野沢温泉村の清冽な湧き水を仕込みに使用し、豊かな自然を育むブナの森に囲まれた環境で熟成。地元の人は散歩の途中で湧き水を飲んだり、ペットボトルに入れて持ち帰るのがルーティン。

野沢温泉の最大の恵みは、山々に降り積もった豪雪が50年という気の遠くなるような歳月をかけて濾過された、極めてピュアな雪解けの湧き水だ。この名水を用い、フィリップ氏率いる国際色豊かなチームは、ジャパニーズウイスキーの従来の常識を疑う革新的なアプローチに挑んでいる。

軟水は、ウイスキー製造において非常に重要で、飲みやすく、甘みのある風味を引き出すのに適している。その結果、野沢温泉蒸留所のウイスキーは、滑らかでありながら複雑な味わいを持つ。さらに、この醸造所の製造方法は独自性に富んでいる。日本のウイスキーではあまり見られないオングレインとオフグレインの融合は、フィリップ氏の独創的なアプローチを示している。この技術により、複層的な風味のバランスを実現し、まさにローカルがグローバルを魅了する要素を創り出しているのだ。

ヨネダ・イサム氏
蒸留責任者のヨネダ・イサム氏。ウイスキー造りの中核を担い、原料選びから発酵、蒸留、熟成までを監修。野沢温泉蒸留所では日本では珍しい特別な機械を取り入れ、麦汁を完全に濾過し、澄んだ液体だけを蒸留する「オフグレイン」と、大麦麦芽の粕を濾過せず、穀物の粒子を含んだまま蒸留する「オングレイン」この二つを蒸留後に混ぜ、長所を融合している。効率と品質を両立しながら、原料の個性や土地の風味を最大限に引き出す独自のウイスキー造りに挑んでいる。

取材を通じて、フィリップ氏は「このウイスキーは単に飲むためのものではなく、地域を愛する気持ちを表現したものだ」と語った。彼の情熱は、製品に込められたストーリーや地元への感謝とも深く結びついている。

Barrel Hall Series
Barrel Hall Seriesは、少なくとも3年間、木樽で熟成。使い込まれたオーク樽を選び、樽ごとに熟成状態を見極める。蒸留所内に並ぶ樽には、蒸留所がスタートしてからの記録を地元の人と共に写真に収め、樽に残している。

最初の1滴は村のために

グローバルな市場で戦える圧倒的なクオリティを持ちながらも、フィリップ氏の視線は常に、目の前に広がるローカル(地域)へと注がれている。その哲学を最も色濃く表しているのが、一般発売に先駆けて2026年9月26日に実施された村民限定のお披露目会「Village Release(ヴィレッジリリース)」だ。

村民向けお披露目会
発売に先駆け開催された村民向けお披露目会では、野沢温泉蒸留所初のシングルモルト「Barrel Hall Series」を初公開。地元有志による勇壮な道祖神太鼓演奏が完成を祝福し、新たな村の誇りの誕生を喜んだ。

記念すべき最初のファーストドロップ(初の製品ボトル)を、世界や大都市の市場に出す前に、まず野沢温泉村の世帯へと届けた。

記念すべき最初のファーストドロップ
お披露目会
お披露目会では試飲や限定販売も行われた。

「日本の地方において、伝統的な酒蔵は単なる製造業ではなく、地域の農業やコミュニティ、お祭りの中心となる存在でした。私たちもまた、この野沢温泉というコミュニティの一部でありたいのです。村の人々に認められ、愛されて初めて、世界に誇れるジャパニーズウイスキーになれると信じています」

外からのエネルギーである蒸溜所がこれほどまでに地域と共生し、リスペクトを払う姿は美しい。この徹底したローカルへの愛があるからこそ、その液体には深みが加わる。

温泉とスキーだけじゃない、野沢温泉を訪れるべき理由

この秋、野沢温泉は単なる「スキーと温泉の町」から、「世界水準のバーカルチャーを愉しめる大人の聖地」へと完全な進化を遂げる。

フィリップ氏に、この至高のシングルモルトをどのように味わってほしいかを尋ねた。 「まずはストレートで、野沢の50年の時を刻んだ水の柔らかさと、私たちのチームが表現した香りのレイヤーを感じてください。そしてその後は、ぜひこの野沢温泉の地を訪れ、アフタースキーや外湯巡りの後に、地元の素晴らしいバーで、村の冷涼な空気を感じながらグラスを傾けてほしいですね」

昼は雄大な自然の中で汗を流し、夕暮れには湯煙に包まれながら外湯で身体を癒やす。そして夜は、世界を魅了するクラフトウイスキーを片手に、伝統と革新が交差するこの村の夜に酔いしれる――。これほど贅沢な過ごし方があるだろうか。

単なるトレンド消費ではなく、モノの背景にあるストーリーやローカルの美学に共感する。この秋、初のシングルモルトという新たな息吹が吹き込まれた野沢温泉へ、その「未来のジャパニーズウイスキー」を体験すべく、旅の計画を立ててみてはいかがだろうか。そこには、私たちの心を揺さぶる、極上の時間が待っている。

野沢温泉蒸溜所

商品名:Barrel Hall Series
種類:シングルモルトウイスキー
発売日:2026年11月6日(金)
容量:700mL
アルコール度数:47%
販売価格:1万3200円
販売先:野沢温泉蒸留所、公式オンラインストア、取扱店等
熟成:3年間
原料:オーストラリア産大麦麦芽
https://nozawaonsendistillery.jp

 

取材・文/浦山真由美(MEN’S EX編集部)

2026

VOL.351

  1. 1
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