【ロングインタビュー】作詞家・松山猛とその時代#3/イムジン河のこと

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イムジン河のこと

――ザ・フォーク・クルセダーズの最初のアルバム「ハレンチ」に収録された曲では、もう1曲重要なナンバー「イムジン河」がありますよね。この曲については、いろいろなところで語られていますし、この曲を巡るストーリーが映画「パッチギ」の原案となったことも知られていますが、ここでも改めてお聞きしておこうかと。中学時代のサッカーの試合が原点なんですよね?

松山 京都に朝鮮学校があって、当時はそこの生徒との喧嘩もよくあったんです。そういうことはやめようよ、みたいなことから始まって、担任に相談したら、朝鮮学校とサッカーの試合でもしたらどうだっていう話になって。学校のほうは自分が説得するから、松山は朝鮮学校に行ってこいみたいなことで。

――その先生も結構リベラルというか、話がわかる......。

松山 原田っていう先生で、とてもリベラルな人だったの。かなり影響を受けた人だけどね。

――それで、サッカーの試合の話をつけて......。

松山 うん、ボロ負けで(笑)。あっちのほうがサッカーは盛んで、日本はまだそんなにサッカーブームでもなかったし。

――そのころ、既にサッカーに関心があったのって、すごく早かったんじゃないですか。

松山 まあ、そうかもしれないね。先生と僕のどっちが言い出したのかわからないけど、まあ、向こうが乗ってきやすいやり方だったということかな。それで、向こうの学校に行って、こんな話なんですけどみたいな。向こうも、わかりました、じゃあやる方向で検討しましょう、みたいなことになったんだと思うけどね。その帰り際に、コーラス部かなんかが歌ってたメロディが、すごく耳に残って。

――それが「イムジン河」の原曲だったんですね。

松山 うん。メロディは、もうすーっと頭に入って、帰り道でもう鼻歌で歌ってたね。名も知らぬ素敵な曲に出会ったみたいな感じで。

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2019年Jun. VOL.302月号

2019

Jun. VOL.302

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