受け継がれる「装いの記憶」とは? ~The Permanence of Memory~【ベリーのNYC通信 #1】

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ニューヨーク在住ながら、日本語&MEN'S EXが大好きなアメリカ人、クリストファー・ベリーが英語&日本語で綴る新連載「ベリーのNYC通信」がスタート!

MEN'S EXが大好きで、日本語が大好きで、過去には香港の人気店「アーモリー」で働いていたこともあり、今はニューヨークのポール・スチュアートで働いているクリストファー・ベリー氏が、NYのメンズスタイルや自身のスタイルについて綴っていきます。まずは自己紹介を兼ねて、彼のファッションの源流について、語ってもらいました。英語も日本語訳も、ベリー氏が執筆しました。

The Permanence of Memory
~記憶の恒久性~   2018年7月、NYCより クリストファー・ベリー

 

Growing up on Manhattan's Upper East Side, there is a sweet smell from the leaves of Central Park. Intoxicating. It surrounds everything.

マンハッタンのアッパーイーストで生まれて育った私は、セントラールパークの落ち葉の香りをよく思い出します。景色全体を包みこむその香りに、酔いしれます。

I learned to love menswear from an early age. Among the things I have done - I've worked in Hong Kong at The Armoury, which at its beginnings fused Japanese and Italian sensibilities perfectly. I created my own line of men's dress shirts. That experience gave me the ability to speak with authority about clothing. And I now work at Paul Stuart, where the role models in my life bought their clothes. By the way, I also speak and write fluent Japanese, which I learned thanks to the East Asian Language department at The University of Pennsylvania.

私は子供の頃から、「メンズウェアを愛する事」を学んできました。私は以前、香港の「The Armoury」で働いていました。あの名高い本店の元で、日本とイタリアのセンスを組み合わせ、世界中に普及することを学びました。私はかつて、自分のドレスシャツ会社を作ったりもしました。その経験は自分に洋服に関する説得力を与えました。現在は、私の人生の中で、装いのロールモデルになった洋服店、ポール・スチュアートで働いています。ところで、私はペンシルベニア大学の東アジア学部で日本語を学んだおかげで、日本語の読み書きが流暢にできるようになりました。いずれにしても、今にはその話を抜きにして、私のファッション教育のロールモデルの影響を説明したいと思います。

My Godfather, Renzo Baldaccini, was born in Florence, Italy on December 27, 1912. He started his career at an antique book shop. And later became a renowned architect working for the famed Rosario Candela. He employed my mother in the same building that we lived in, so he would baby sit me after school when I was growing up. Though I was only about 7 years old, I still retain many memories of him. He would always let me open his mail with his old brass letter opener. I remember vividly the small triangle shaped swatches that would spill out onto the table. Every summer in my childhood to mid-teens my mother took me to Italy, often times with Renzo.

私のゴッドファーザーであるレンゾー・バルダッチーニは、イタリアのフィレンツェに、1912年12月27日に生まれました。彼はアンティークの本屋でキャリアをスタートさせ、優秀な建築家になり、その後ニューヨークで有名なロザリオ・カンデラの会社で働いていました。レンゾは私の母を雇い、私たちが住んでいたのと同じ建物で働いていたので、私が学校から帰ってくると、いつも私の面倒を見てくれました 。当時私はたった7歳くらいでしたが、今でも彼との思い出がよみがえって来ます。 彼はいつも古い黄銅のレターオープナーで手紙を開かせてくれました。私はテーブルにこぼれ落ちる小さな三角形の生地スワッチを鮮やかに思い出します。毎年夏、私が幼い頃から私が16歳になるときまで、私の母は、レンゾとともに、彼の故郷であるイタリアに連れて行ってくれました。

When we would arrive in Florence, the first thing Renzo would do upon arriving, is buy socks. Knee length "filo di scozia" with a seam running down the back. Clothing, shoes, and shirts were all bespoke. He would order everything over the phone, since all his tailors and his shoe maker had his pattern on file. Renzo wore tailored clothing constantly no matter where he was or what he was doing. He grew up as a child in early 20th century Florence when clothing was handmade by necessity. His bespoke clothes lacked any sense sense of pretentiousness.

私たちがフィレンツェに到着して、レンゾがいつも最初に行うことは、靴下を買うことでした。「フィロ ディ スコツィア」という膝丈で、後ろにはセンターに継ぎ目がありました。彼は、洋服、靴、シャツのすべてをビスポークで注文していました。そしてすべての仕立て屋さんとシューメーカーが彼のパターンを記録していたので、オーダーもすべて電話ですませることができました。レンゾは、どこにいくときも、何をするときも、常に「仕立て服」を着ていました。なぜかと言うと、レンゾは幼少期、20世紀初頭のフィレンツェで育ち、当時のフィレンツェは、ハンドメイドのオーダー服というのが当たり前だったからです。そのため、彼のビスポークの装いは、まったく大袈裟な感じにはなりませんでした。

My godfather, Renzo. At left on the beach in Forte dei Marmi and at right in Central Park in the late 1970’s. 私のゴッドファーザーのレンゾ。左:フォルテデイマルミの海辺で。	
右:'70年代のセントラレルパークで散歩している。

My godfather, Renzo. At left on the beach in Forte dei Marmi and at right in Central Park in the late 1970’s. 私のゴッドファーザーのレンゾ。左:フォルテデイマルミの海辺で。 右:'70年代のセントラレルパークで散歩している。

My mother as a young apprentice in Florence in the 1960’s. 1960年代のフィレンツェにて。レンゾの弟子だった頃の、若かりし頃の母。

My mother as a young apprentice in Florence in the 1960’s. 1960年代のフィレンツェにて。レンゾの弟子だった頃の、若かりし頃の母。

My mother in front of the famed Procacci, in the early 1970’s.
1970年代、フィレンツェの有名なバー「プロカッチ」の店の前に佇む母。

My mother in front of the famed Procacci, in the early 1970’s. 1970年代、フィレンツェの有名なバー「プロカッチ」の店の前に佇む母。

My mother on Madison Ave. in the 1980s wearing the suit made by my Renzo’s tailor on the Ponte Vecchio.  
1980年代、NYのマディソンアベニューにて。母は、フィレンツェのポンテヴェッキオにあったレンゾ御用達のテーラーで作ったスーツを愛用した。

My mother on Madison Ave. in the 1980s wearing the suit made by my Renzo’s tailor on the Ponte Vecchio. 1980年代、NYのマディソンアベニューにて。母は、フィレンツェのポンテヴェッキオにあったレンゾ御用達のテーラーで作ったスーツを愛用した。

My mother and I in 2016. She is wearing her favorite suit made in Zegna cloth from the 1960’s.
2016年、母と私。母は1960年代のゼニアの生地で作ったお気に入りのスーツを着用。

My mother and I in 2016. She is wearing her favorite suit made in Zegna cloth from the 1960’s. 2016年、母と私。母は1960年代のゼニアの生地で作ったお気に入りのスーツを着用。

My father, Eliot Berry. 私の父、生前のエリオット・ベリー。

My father, Eliot Berry. 私の父、生前のエリオット・ベリー。

今日は何する?何着る?

365DAYS今日のVゾーン

2018年Nov. VOL.295月号

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